「強い思い込みを持ち続けていませんか?」
そう語るのは、これまでネット上で若者を中心に1万人以上の悩みを解決してきた精神科医・いっちー氏だ。「モヤモヤがなくなった」「イライラの対処法がわかった」など、感情のコントロール方法をまとめた『頭んなか「メンヘラなとき」があります。』では、どうすればめんどくさい自分を変えられるかを詳しく説明している。この記事では、本書より一部を抜粋・編集し、考え方次第でラクになれる方法を解説する。(構成/種岡 健)
強い思い込みの末路
何事も頭で理解するだけでなく、実践してみてうまくいくと、「理屈じゃないけどなんとなく次もうまくいく気がする」と感じます。
たとえば、たまたまカレーが出た日に仕事がうまくいく。
そんな偶然が2~3回も続くと、
「カレーを食べた日は仕事がうまくいく」
というジンクスが無意識に生まれます。
「なんとなくうまくいく気がする」という効果によって、自信がついたり、仕事へのモチベーションが高まったりします。
ですが、このジンクスが行きすぎるとどうでしょう。
「今日はカレーを食べ忘れてしまったから、きっと仕事がうまくいかない」
という、ネガティブな方向に振り切ってしまうのです。
これがまさに、ジンクスがマイナスへと結びつく瞬間です。
すると、カレーのことばかりを考えて、仕事が手につかず、本当に失敗を引き寄せてしまいます。
よかれと思ったジンクスづくりが、気づかないうちに新たなメンヘラを引き起こしてしまうこともあるのです。
過去の成功体験が手放せない人
ここで、ネガティブなジンクスによって孤立することを経験した教師の話をします。
中学校のベテラン教師のショウゴさん(仮名)は、「生徒を叱って指導する」という考え方のクセがありました。
数十年前、彼がまだ新人教師だった頃、ヤンチャな生徒にナメられることが多くあったそうです。
授業中に大騒ぎをされたり、それを注意しても無視されたり、うまく授業をすることができなかったのです。
そんなときに、当時のベテラン教師から、
「言うことを聞かない生徒は殴るしかない」
というアドバイスを受けました。それをキッカケに、
「言うことを聞かない生徒は叩くと直る」
というジンクスが生まれてしまいます。
生徒たちはショウゴさんのことを恐れるようになり、当時は、「問題児の多い学年を変えたすごい教師」として地域で有名になったと言います。
論理的にハラ落ちするジンクスと、行動することで得られた賞賛によって、彼の中では、「生徒は厳しく指導するべきだ」というハラ落ち体験が起こったのです。
そのジンクスが、彼の中でより強く影響して、生徒だけでなく、家庭や後輩の教師たちにも、厳しい指導をするクセが染み付きました。
時代が流れ、ショウゴさんはベテランと呼ばれる年齢になりました。
ご存じのとおり、教師による暴力は、見過ごすことができない時代になったのです。
すると、一気にすべてのことがうまくいかなくなります。
生徒からスマホを取り上げたことで保護者とトラブルになったり、大声で注意したことが恫喝だと苦情が出たり、教師たちの間でもハラスメント扱いをされたり……。
家庭内での衝突も増えるようになりました。
職場でも、家庭でも居場所がない。
ショウゴさんがジンクスを信じた先の未来は、悲惨なものだったのです。
誰からも期待されず、どうしようもない人と思われ、次第に自分のことを、
「必要とされない人間なんだ」
と感じ、人生に絶望します。
古い価値観も「上書き」できる
さて、ショウゴさんの話を聞いて、どう感じたでしょうか。
「古い人間の価値観はどうしようもない」と思ったかもしれません。
しかし、多かれ少なかれ、ショウゴさんのように、過去の成功体験によって価値観が出来上がってしまい、それに縛られて生きにくさを感じることはあるでしょう。
あなたが今、当たり前だと思っていることも、数年後には違和感のある行動になるかもしれません。
でも大丈夫です。
そのときに、またもう一度、自分で自分に気づきを与えれば、あなたは変わり続けることができます。
先ほどのベテラン教師に足りなかったことは、どうやって自分がジンクスを作ったのかを知らなかったことです。
たまたま過去にうまくいってしまった「暴力」を、自覚することなく受け入れてしまっていたのです。
同じように他のジンクスを「理性的な自分」によって起こせることを知っていれば、新しい教育方法をすんなり試すことができたでしょう。
どんな人間でも、いつからでも、ポジティブな方向へのハラ落ち体験を生み出すことができるのです。
たとえば、教育書を読み、理性的な自分が納得した方法を実践し、生徒や親御さんから、
「一見、怖そうだけど、話せばわかる、いい先生ですね」
という評価を実感できれば、きっと変われたはずです。
マイナスのジンクスを捨てるには、いつだって前向きなジンクスが有効なのです。
ネガティブな自分を変えるには、それがはじめの一歩なのだと、まずは認識してください。
(本稿は、『頭んなか「メンヘラなとき」があります。』より一部を抜粋・編集したものです)
精神科医いっちー
本名:一林大基(いちばやし・たいき)
世界初のバーチャル精神科医として活動する精神科医。
1987年生まれ。昭和大学附属烏山病院精神科救急病棟にて勤務、論文を多数執筆する。SNSで情報発信をおこないながら「質問箱」にて1万件を超える質問に答え、総フォロワー数は6万人を超える。「少し病んでいるけれど誰にも相談できない」という悩みをメインに、特にSNSをよく利用する多感な時期の10~20代の若者への情報発信と支援をおこなうことで、多くの反響を得ている。「AERA」への取材に協力やNHKの番組出演などもある。