こうした手法を取ると、より現実らしく見えるのと、モデルがいてその言動がある程度分かっていますから、物語にも整合性や深みが出る。何より読者は物語を身近に感じるという効果があります。

 紫式部がそれを狙ったかは分かりませんが、「この物語を“作り事”と思ってもらっては困る」というのが紫式部のスタンスですから、リアリティを追求する過程で、しぜんと実在の人物がモデルになったのではないでしょうか。

リアリティ追求の代償
兄嫁を巻き込んだ“筆禍事件”

 中には、『源氏物語』のモデルにされて、不名誉な目に遭った人もいるようです。

 それが源典侍のモデルです。

 源典侍は桐壺帝に仕える老女房で、身分が高く、気働きもあり、上品で人々の信望もありながら、物凄く浮気な性格で、色恋方面では軽々しい。それで源氏は「こんなにいい年をして、なぜこうも乱れているのだろう」と好奇心を抱いて口説いたところ、まんざらでもない反応で、男女の仲になった。それを源氏の親友の頭中将が聞きつけ、「こういうのはまだ思いつかなかった」と、典侍の好色心を試したくなって、こちらもねんごろになった。

 この時、典侍は57、8歳。源氏は19歳で、頭中将の正確な年齢は不明ですが20代であることは確実です。そんな頭中将は、源氏が常日ごろから真面目ぶって、いつも自分を非難していることが面白くなくて、源氏をぎゃふんと言わせてやろうと狙っていました。

 そして、宮中の温明殿で源氏と典侍が寝ているところを発見したのを幸いに、忍び込んで太刀で脅すと、源氏は「今なおこの典侍が忘れかねているとかいう修理大夫かな」などと面倒に思っている。

 典侍は好き者らしく、さらに恋人らしき人がいるんですね。結局、相手が頭中将と分かって、最後はドタバタ劇になるという笑われ役です。

 典侍はのちに70過ぎて尼になった姿でも登場し、相も変わらず色めいた受け答えをして、源氏に呆れられています。

 この源典侍のモデルが、角田文衞によると、紫式部の夫の藤原宣孝の兄・説孝の妻の源明子だというんです。