いくら創業者一族の御曹司といえども、こうした会社を引き継ぐとなると、躊躇うものがあるだろう。だが洋明は、創業者である忠一と同じく、望まずして立たされた苦境から逃げない道を選んだ。それが創業者一族としての責任というよりも使命といったところか。
大ナタを振るって
健全な企業へと生まれ変わる
やがて経営の全権を握った洋明は、杜撰な経理部門や横領を行っていた社員たちに説明を求める。
「これは改革でも改善でもない。当然のことだ――」
「出来の悪い3代目」「バカ息子」とタカを括っていた問題社員たちは震えあがった。いつしか彼らは社外へと去っていった。
今、吉岡興業にはこの当時を知る社員は1人しかいないという。そのたった1人の社員を含めて、皆、洋明についてきた人材である。かつての杜撰さは鳴りを潜め、健全な企業へと生まれ変わった。
「今、いてくれている社員たちのお陰です」
創業期から数十年を経て、積もりに積もった社内の垢を一掃した当時を振り返りつつ、品のいい関西弁で洋明はこう語る。
それにしても、ここまで読み進んだ読者の中には、洋明を「その持てる剛腕で会社を立て直した世襲経営者」と映っているかもしれない。
だが、考えてみて欲しい。創業者である祖父、2代目の父が経営者として、企業の発展を目指し採用した社員たちである。いつの時代でも人材不足に喘ぐ地方の中小企業にとって、経営者の手足となり動いてくれる社員というものは、なかなかいないだろう。
たとえいわくつきでも、そうした社員たちを一掃することは、ただ剛腕な手腕を発揮するだけではできることではない。緻密で繊細だからこそ、できたことではないか。
事実、洋明と話していると、その大きな体躯、よく通る声という、一見、強面なところとは裏腹に、実に繊細で細やかな気遣いが感じられるのだ。