安倍首相が引用した『学問のすすめ』
「一身独立して一国独立する」新時代へ
先日、一部メディアでも話題となりましたが、自民党の安倍首相が、第183回国会における施政方針演説で、福沢諭吉の歴史的書籍『学問のすすめ』から「一身独立して一国独立する」という有名な言葉を引用しました。
「『強い日本』。それをつくるのは、他の誰でもありません。私たち自身です。『一身独立して一国独立する』。私たち自身が、誰かに寄り掛かる心を捨て、それぞれの持ち場で、自ら運命を切り拓こうという意志を持たない限り、私たちの未来は拓けません」(全文はこちら)
この演説で安倍首相は「苦楽を与にするに若かざるなり」という言葉も『学問のすすめ』から引用しています。元の意味は、人を束縛して一部の指導者だけが悩むのではなく、多くの人を解放し自主独立に導くことで、官民を問わず日本国民全員で新しい時代の問題に取り組むべし、という主旨です。
1800年代、西洋列強の世界進出によりアジア諸国が次々と植民地となっていた時代に、日本の大変革を目指して提唱された『学問のすすめ』は、当時の日本が国家の自主独立を維持しながら、社会革新を成し遂げて急速な近代化に勝利するきっかけとなった書籍です。この国の首相が、140年前の歴史的名著を引用して施政方針演説をした事実は、日本に新しい時代が訪れる予兆を感じさせる出来事ではないでしょうか。
安倍首相はこの演説で、明治維新後に日本人が成し遂げた社会変革の精神や飛躍への強い気概を取り戻すことの重要性を私たちに伝えたかったのでしょう。日本の幕末明治と言えば、サムライ・武士封建制度の時代から、黒船の来航で一気に世界が転換し、政治体制の一新を成し遂げて近代国家への大変革に成功した歴史です。
140年前との「隠れた共通の構造」
幕末の日本と、140年後の現代日本は奇妙な共通点を抱えています。
【現代日本が直面する難題】
・国が長期の財政赤字に苦しみ、改革は既得権益者に毎回つぶされている
・政府の構造改革に着手した政治家が、足を引っ張られて失脚
・世界規模のグローバル化の波が、日本にも押し寄せてきている
・社会不安が増大し、一般庶民の生活が苦しくなっている
・海外諸国に侵略の意図があり、日本の国家海防が重要事項となってきた
いずれも現代の日本人が肌で実感している、日本という国家の抱える厳しい問題です。「このままでは日本は衰退するのではないか?」「閉塞感の先に何が起こるのか不安で仕方がない……」。政治や経済が行きづまり、グローバル化の波が押し寄せて、国際マーケットで次々と日本企業が敗北を喫しているなか、社会の不安は高まっています。現代日本と日本人は、待ったなしの多くの難題に今まさに直面しているのです。
一方で、140年前の日本という国家、日本人が体験した深刻な国難と、現代日本の難題は不思議に似ています。「隠れた共通の構造」を持つとさえ言ってもいいでしょう。
【幕末日本が抱えていた難題】
・長老体制、腐敗政治などで江戸末期の財政は大幅に悪化
・ペリーの黒船来航により、強制的にグローバル化の波にさらされる
・打ちこわし、「ええじゃないか」など、社会不安で騒乱が起こる
・金と銀の交換比率により、外国人投資家が殺到、日本から多量の金が流出
・西洋列強は植民地主義を掲げており、日本は国家防衛力の増強が急務だった
西洋列強と比べて、技術力・武力・知識の差が歴然だった当時、幕末期は現代日本の危機よりさらに巨大な閉塞感と見えない未来への不安に脅かされていたと考えられます。しかし、私たちと同じ日本人である幕末明治の人々は、未曽有の国難を見事に乗り越えます。約300年間続いた江戸幕府という日本の旧権力構造は維新で刷新され、140年前の日本人は新しい統治体制を創造することができたのです。日本という国家の輝かしい歴史上の勝利ですが、勝利を手に入れる前は「絶望的」とも呼べる、巨大な危機に直面していたのです。
これまで何度も構造改革に取り組みながら、結局は何も変わらない今の政治。危機感を募らせる日本企業も、なかなか新しい道筋を見つけられずに右往左往しています。一方で、我々国民もまた、本当の意味で危機感を持ち、他人任せにせず、自らの手で新しい国や社会をつくろうという意識が低いことも事実でしょう。そんな状況において、今では多くの人が悲観的な感情を持ち始めているかもしれません。
「なぜ、かつての日本は変われたのか?」
同じ日本人である幕末明治の人々は、どのように個と国家の変革に成功したのか。実は、その秘密を解くヒントが、当時日本人が夢中で読んだ『学問のすすめ』に隠されているのです。