自分の行動や結果にガッカリして、挽回したいと焦ることもあるだろう。思いどおりにできない自分が恨めしく無能に感じられ、落ち込んでしまう。そして憂うつな気持ちにどっぷりつかってしまうのだ。ギリギリに達したストレスと疲れが、わたしたちを無気力のどん底に引きずり込む。
整理すると、燃え尽き症候群とは、自分がもっている物理的なエネルギーと自らをポジティブに捉える心理的なエネルギーがともに尽き果ててしまった状態といえるだろう。
燃え尽きてしまう前、つまり「もう無理だ、何もできない」という気持ちがこみ上げる以前を振り返ってみよう。おそらく長い間、何度も黄色い信号が点滅していたはずだ。「耐えられない。休みたい。これ以上は限界だ。だれも知らない場所でひとりぼっちになりたい」と。突然とてつもない怒りが湧いてきたり、呼吸をするのもつらくなったりすることさえあったかもしれない。そんなあなたは、だれが見てもたんに愚痴をこぼしているのとは明らかに違う状態だっただろう。
わたしは燃え尽き症候群を経験したとき、こんな思いにかられた。「完璧に仕事をこなしたい」「すべてを投げ出して逃げたい」。
そう、両極端な感情だ。もともときれい好きであるにもかかわらず、当時は、身の回りのものを整頓することすらできなかった。
仕事の締め切りを恐れながらも、守れないこともときどきあった。いつもならありえない行動パターンばかり。今振り返れば、明らかに異常な信号だったのに、「仕事の量がちょっと多いせいだ」と考えていた。とにかく、何か不安でピリピリしていて、どん底に沈んでいるような状態だった。周りの人だけでなく、自分もそう感じていた。「旅行にでも行ったらどう?」「少し休むといいのでは?」「好きなことを続けるためには遊ぶのも大事だよ」とよくいわれた。でもわたしは「仕事をやりたいと心から望んでいるのに、なぜ休めというのか」と感じ、イライラしていた。自分にたいして「弱音を吐かずに働け」と鞭打っていた。もう限界だとわかっていたのに、気づかないふりをしながら。
休みたいと思いながらも、休めない。それなのに、仕事に終わりが見えると、先手を打って別の仕事をつくり出し、自分に休むヒマを与えなかった。「仕事をするのが休むこと」といったこともある。いや、それどころか「仕事をするほうが休むよりも楽だ」と思っていたのだ。
そんな中、突然、自分をコントロールするのが難しいと感じる瞬間が訪れた。大きな恐怖に襲われ、背筋が凍るような感覚。あわてて休息をとってみたが、まったく休むことができなかった。休み方を忘れてしまったのだ。もしかしたら、その時点ですでに燃え尽きていたのかもしれない。