仕事には、中毒性がある。与えられる課題と責任がはっきりしていて、何らかの報酬を手にできるから。他の社会活動に比べて達成感を得られる可能性が高く、一生懸命に働けば、よい人として周りに認めてもらえる。仕事に没頭する人が好ましいとする社会的な雰囲気も一因だろう。仕事中毒は、他の中毒(ギャンブル、アルコール、ゲーム)に比べても、寛容的に受け止められる傾向がある。「ワークライフバランス」を大切にする時代だが、仕事中毒であることを「すばらしい」「情熱的だ」と捉える人も多い。

「限界まで全力を尽くすのがベストだ」と考え、限界を超える負荷を自分にかけるのは、執着だ。燃え尽き症候群は、全力を尽くそうと執着していることに気づかずに過ごした結果ともいえる。結局、重要なのは自分の限界を知ること。自分の限界をはっきり把握するのは簡単ではない。さらに「全力を尽くすのがベスト」という考えと「執着」は、分けるのが難しいほど密接にからみあっている。このふたつを区別するためには、感受性、すなわち自分の感情を読み取る力を高めるといい。ほとんどの仕事は、規模や責任のレベル、難易度、同僚の有無や相手との相性のよし悪しなどの環境に影響を受けている。完全にひとりでできる仕事は存在しない。

 だから、よい成果を出せなかったとしても、自分の意志や努力、能力をあまり責めない方がいい。満足できない結果だったとしても、罪の意識を負わないで。重要なのは、よく遊び、よく休むこと。「休息」というと、数日間まったく仕事をしない、あるいは遠くに旅に出ると考える人も多い。でも休息は、時間やお金をかける特別なことではない。隙間時間に取ればいいのだ。日常のところどころに、ストレスのプレッシャーを和らげる小さな風穴をあけるように。

「そんな時間はもったいない。何もせずに時間を浪費するようで」という人もいる。予定をぎっしりつめこんだ日々に突然隙間をつくろうとすると、そう感じるかもしれない。

 しかし、浪費とは、無益なことにむなしく時間を使うことを指す。休息のための時間が浪費だと感じる人は、休むことは本当に無益なのか、深く考える必要があるだろう。自分ができる仕事を一生懸命やるのは楽しい。自己満足、自尊心、安定感など、わたしたちにとって大事な感情を満たしてくれる。ただし、「一生懸命に生きる」と宣言するなら、その言葉の前に「自分を大切にするやり方で」とつけ加えてほしい。

 仕事のために休むのではなく、休むために仕事をするのでもない。どちらも人生においてとても重要だ。だからいずれかに偏ると、心と体に異常信号が現れる。そうした信号に気づいたら、ふと立ち止まってみよう。そして、なぜ、どのようにバランスが崩れているのか、自分は何を望んでいるのか、できることは何か、考えてみよう。「一生懸命に生きること」だけでなく、「自分を大切にする方法とは何か」を。