そもそも、メリルリンチに転職したとき、僕は、現場メンバーと一切の人間関係がないなか、“落下傘”で部門長として降り立ったわけですから、彼らにすれば“敵”にすぎませんでした。
 その“敵”が腹のなかで「下位2割を入れ替える」などと考えていることなど、現場メンバーは即座に見抜くでしょう。そして、“敵”と認識した「僕という存在」に対して、精神的に強固な”壁”を構築して、最大限の防御態勢を取るのは当然のことだったのです。

 しかも、僕は与えられた「個室」にこもってしまった(詳しくは、「リーダーが『格好』をつけると“致命傷”を負う→未熟なりに『自分』をさらした方がいい」参照)。
 そして、「2:6:2」の「上位2割」「中位6割」ともしっかりとコミュニケーションを取ろうとしませんでした。

 僕自身は、「俺の力でメリルリンチのプレゼンスを高めてみせる。みんなついてこい!」などと内心でイキがっていましたが、実際には、自ら「孤立」への道を突き進んでいたということ。その後、僕は現場のメンバーから、決定的な不信感を突きつけられ、組織が機能不全に陥っているという現実に直面させられたのです。

「愚かさ」と「悪」を分ける一線とは?

 まさに自業自得──。
 根本的な考え方が間違っていたために、自ら招いた大失敗でした。

 ただし、自分の「過ち」を素直に認められるようになったのは、メリルリンチを退職して以降のこと。恥ずかしい限りですが、在職中の僕はずっと、現場のメンバーたちに対して腹を立てていました。相手を責めることで、なんとか「自己正当化」をしようと虚しい努力をしていたのでしょう。

 しかし、退職すると徐々に心境の変化が訪れました。
「愚かさ」と「悪」の一線を見極められたのが大きな要因だったように思います。メリルリンチに「害」を与えようとしていたのならば、僕のやったことは「悪」というほかありませんが、僕の「メリルリンチに貢献したい」という思いに嘘偽りはありませんでした。だから、僕がしでかしたことは「愚かな間違い」ではありましたが、決して「悪」ではない。そう思えたことが、精神的な転機となったように思うのです。

 そして、僕は素直に、自分の「過ち」や「愚かさ」を認められるようになるとともに、むしろ、これは「未熟な自分」を見つめ直す好機なんだと考えられるようになったのです。自分の考え方の誤りにも気付かされました。その一つが、「2:6:2の法則」に対する理解の仕方です。

ウォール街で讃えられるマネージャーは「何」をやっているか?

 すでに書いたように、僕は、外資系金融においては、「『下位2割』は入れ替えるのが正義だ」と思い込んでいましたが、それは正確な理解ではなかったことに気づいたのです。

 もちろん、外資系金融のなかでは「下位2割」を入れ替えるケースはしばしばありましたし、それを問題視する人もほとんどいなかったように思います。特に、ウォール街においては、それが「正義」であるかのように僕の目には映っていました。

 しかし、よく目を凝らして観察すれば、それは必ずしも正しい理解ではないことがわかってきたのです。

 というのは、ウォール街において、最高級の賛辞をもって讃えられるマネージャーは、単に「下位2割」を切り捨てるだけの「冷酷」な人物ではなく、いわゆる「人望」のある人物だったからです。部下のことを大切に思い、文字通り「家族同士で付き合う」ような関係性を築くとともに、それぞれの特性に応じて「能力」を発揮できるように導く……。

 もちろん、そのような努力を重ねても、どうしても結果が出ない場合には、「人を入れ替える」という決断もします。しかし、その最終判断に至るまでには、丁寧なコミュニケーションを重ねて、人間同士の信頼関係を築く努力を怠らないのが、本当に優秀なマネージャーのあり方だったのです。

 そのようなマネージャーには、多くのメンバーの「人望」が集まります。だからこそ、そのマネージャーを中心に、チームの活力が自然と高まっていき、大きな成果を上げることができるようになるのでしょう。

 要するに、僕は「下位2割を入れ替える」ということを表面的に捉えていただけで、本当に大切なことが見えていなかったのです。そして、これこそが、メリルリンチで大失敗をしてしまった「根本的な理由」であり、この「考え方」を根本的に見つめ直さなければならないと強く思ったのです。

「やる気」さえ取り戻せば、
誰もが「力」を発揮し始める

 だから僕は、楽天野球団の社長に就任するときに、次のような「考え方」を徹底しようと心に決めました。
 すべての人に「能力」がある。その「能力」を発揮してもらえるように、働きかけるのがリーダーの役割。ただし、単に「頑張れ」と言って、寄り添うだけではダメ。あるいは、「こういう能力を磨きなさい」と押し付けるだけでもダメ。根本的に重要なのは、その人の「やる気」に火をつけることです。

 たとえ、いまは活躍できてなかったとしても、ちょっとした成功体験やちょっとした気づきによって、誰でも「やる気」を取り戻すきっかけを掴むことができます。そして、「やる気」さえ取り戻せば、誰だって自ら頑張りますし、自ら「能力」を磨くのです。「やる気」こそが全てなのです。そして、リーダーの最大の役割は、メンバーの「やる気」に火をつけるきっかけを提供することなのです。

 ただし、「2:6:2」の「下位2割」に手をかけすぎて、「上位2割」「中位6割」のケアに手が回らないのは本末転倒です。
 そこで、まずは「上位2割」「中位6割」のサポートに注力することで、組織を活性化させることを優先。その機運に刺激を受けた「下位2割」にチャンスを提供し、なんらかの「結果」を出してもらうことができれば、きっと「やる気」を取り戻してくれるはず。このようなプロセスで、「2:6:2」の全体を底上げしていくことをめざしたのです。

 もちろん、すべてがうまくいったわけではないかもしれません。
 だけど、僕は何人もの社員が、見違えるように溌剌と「能力」を発揮するようになり、会社にとって欠かせない人材へと成長・再生していく姿を目撃することができました。そして、その姿を目の当たりにしたことで、僕自身が人間として、リーダーとして、成長させていただけたのだと思います。本当にありがたいことだと、当時の社員たちに感謝しています。

 つまり、三流リーダーは「成果を出せない人材」を入れ替えようとし、二流は「頑張れ」と寄り添いますが、一流は彼らに「やる気」を取り戻すきっかけを提供するというのが、僕なりの答えなのです。

(この記事は、『リーダーは偉くない。』の一部を抜粋・編集したものです)。