娑婆にはもっとおいしいものがある。ここを出たらいくらでも自由に食べられる。刑務所での生活なんて彼らにとっては黒歴史だろうし、ましてやムショメシなんて思い出したくもないだろう。
そう思っていたけど、違うのかも……。刑務所生活の中でも数少ないよい思い出として、彼らの印象に残るような給食を出したいと思った。
激務の炊場担当だけの特典
腹もち抜群の低予算ドーナツ
刑務所の中で、一番の重労働かつ頭脳も必要なのが炊場勤務だ。確かに夏は40度近くの熱帯雨林、冬は冷蔵庫並みの室温になる中での立ち仕事である。
20キロや30キロある食材や食器を運んだり、冷たい水で洗い物をしたりしなければならない。唯一365日稼働している工場のため、交替勤務だし、朝食を作る早出の場合は早朝5時台の起床だ。
そんな炊場で働く受刑者の特典であり、楽しみが「延長作業食」である。労働時間10時間以上になる場合に給与されるのが延長作業食、つまり残業のおやつなのだ。
炊場を担当しているO刑務官はちょっとやんちゃなタイプで、威勢のいい彼の怒号は事務所にも聞こえてくることがあった。
「最近ミスが多すぎるんで、炊場で発破かけてやりましたわ」などと報告してくる。
刑務官は大勢の前では威勢よく振る舞うが、対個人の場合は異なる顔を見せる場合もある。彼もそうで、多くの刑務官は、いや刑務官に限らず刑務所職員はツンデレなのだ。
彼もちょっとしたミスでも、というかちょっとしたミスだからこそ厳しい口調で指導し、その分、別のところでフォローしてバランスを取っているのだろう。
そんな彼が私を呼び止めて、こう懇願してきた。
「栄養士さん、相談があるんです。俺、もっといい延長作業食を食わしてやりたいんですよ。みんな結構がんばってるんで、協力してもらえませんか」
ですって。そりゃあ、協力しますとも!
延長作業食は炊場勤務者の唯一の特権であり、モチベーションにつながるため、なるべく本人たちが満足するものを出してやりたいと言うのだ。
かくして、延長作業食を見直すことになった。しかし、予算は1人あたり40円と厳しい。それまでは、市販のホットケーキミックスを使ってドーナツやホットケーキを作っていた。
ミックス粉を自家製ブレンドにしたらどうかと試算してみたところ、どうやら安くできそうなことがわかった。