ビザ取得に必要な500万円
その他開店の費用を貸し付ける業者も
そのためか30万人計画は目標より1年早く2019年に達成されたが、ネパール人留学生のうちけっこうな人数が卒業後、カレー業界に参入したといわれる。というのも、日本の一般企業に就職するのはなかなかたいへんだからだ。ビジネスレベルの日本語をマスターして、日本人と同じ土俵で会社員として勝負するのはやっぱり難しい。
かといって、先の見えない母国ではなく日本に留まりたい。そこで、自分で開業しようということになる。日本はいまやどこでも、コックから経営者になったネパール人のカレー屋が大増殖している。それなら自分もやってみっか……そんな発想だ。
そしてこの留学生たちに「ハコ」を用意したのもまた、先達のネパール人だった。ネパール人のBさんが言う。
「日本語学校や大学の卒業が近づいているのに就職できない、でもネパールには帰りたくない。そんな子たちがたくさんいたんです。彼らに会社設立とビザ取得のノウハウを教え、店舗を用意して、譲渡する。そういう仕事をする人もいましたね」
それだけではない。ビザ取得に必要な500万円のほか、店舗の確保や内装工事などにかかる費用を貸しつける業者もいたそうだ。返済にはもちろん利子がかかってくるが、それでも帰国せずに日本でのカレー屋を選ぶ留学生もまた多かった。母国ではヒマラヤ観光と農業以外の産業が育たず、国外に希望を見出すしかない若者たちが、借金を背負いながら「インネパ」に流れ込んでくる……。
こんな話を、Bさんやさまざまなネパール人から聞き歩くうちに、どうもこの業界は、「ナンおかわりどうですかあ」とカタコトの日本語で話しかけてくるネパール人の笑顔に象徴されるような牧歌的世界ではちっともないみたいだぞ……と感じるようになってきた。少しでも稼げるところに国を越えて移り住み、たくましく商い、しぶとく生き抜く。「インネパ」には移民のダイナミズムが映し出されているのだと思った。「インネパ」のある経営者は、こんな表現をした。
「おいしい水があれば誰だって飲みたくなる。稼げる場所があれば行きたい。それはずっと昔からの、人間の活動の理由でしょう」
遠く離れた国にまで「おいしい水」を飲みに行けるようになったのが現代社会だ。カレー移民たちは僕たち日本人以上にグローバリゼーションを生活のためにフル活用して、豊かさを追い求める人々なのだ。そのガツガツとした貪欲さは、国そのものが老いつつある僕たち日本人にはもう持ちえないものなのかもしれない。