格安ランチを始めたのはどっち?
インド・ネパールカレー価格競争
こうして「インネパ」が急増していく過程で起きていったのは、インド料理の低価格化だ。これについては諸説あり、「90年代にネパール人が格安のカレーバイキングをはじめた」「ナンとカレーのワンコイン(500円)セットで価格破壊を起こしたのはネパール人」なんて話も聞いた。
一方で、インド人の中から価格競争が起きたと話すネパール人コックもいる。
「1998年ごろじゃないかと思うんだけど、インド人経営のある店が、1000円以下の安いランチセットを初めて出したんじゃないかな。それで、ある老舗のインド人が激怒して怒鳴り込んだって話を聞いたことがある」
真偽は不明だが、このあたりから高級路線だったインド料理にも変化が見られるようになってきたようだ。そしてネパール人がその路線をやっぱり模倣し、自分の店を構えるときには格安ランチを打ち出すようになる。
この背景には日本のエスニックブームもあるという。1990年代はタイ料理を中心に東南アジアやインドの食文化が人気になった時代でもあった。だからインド料理店を出したり、あるいは自宅でエスニック料理に挑戦する日本人も増えたのだが、この過程でスパイスをはじめとした現地の食材を輸入する業者も多くなり、価格が下がった。エスニック食材が少しずつ日本に浸透し、普及する流れができ、料理を安く提供できるようになったことで、インド料理店の低価格化につながったと語るコックもいる。
そしてもうひとつ、悲しい話も聞いた。
「値引きしかアイデアがないんですよ」
室橋裕和 著
ネパール人とカレー屋を共同で営む、ある日本人の意見だ。開業ブームに乗ってきた「第2世代」の人々は、人数が多く未開発な地域の出身者が中心だったため、教育格差がある。
「しっかりした事業計画もなく店をはじめて、原価や売り上げの計算もせず、とにかく安くして数が出ればいいじゃん、みたいな。でもこのスタイルだと、お客さんは来るけど忙しいばかりで利益が出ないんですよ」
そこを家族経営でなんとか回して人件費を抑え、安い食材を使ってフードコストを下げて、ナン食べ放題の安価なランチを提供し続ける。それを、何十年も不景気が続き、ちっとも稼ぎの上がらない僕たち日本人が「安くて腹いっぱい食える」とありがたくいただく。「インネパ」が拡散していったのは日本の世相とマッチしたからでもあったが、その安いランチは途上国の抱える問題を背景に提供されてきたものといえるのかもしれない。