統計は政治の政策決定などに大きな影響を与える。また、有権者の中には、統計的な数字をもとに投票先を決めるという人もいるだろう。しかし、世に飛び交う数字は本当に正しいのだろうか。英国で起きた数字に騙されたケースを紹介する。本稿は、ジョージナ・スタージ著・尼丁千津子訳『ヤバい統計 政府、政治家、世論はなぜ数字に騙されるのか』(集英社)を一部抜粋・編集したものです。
「英国はEUに毎週3億以上払っている」
EU離脱騒動で飛び交ったバッドデータ
2016年春。イングランドでは、曲がりくねった生け垣に左右を挟まれた道を進んでいく、目立つ赤色の何かがあちこちで目撃された。それは胸のあたりが赤い野鳥のロビンでもなければ、子狐でもなかった。「英国はEUに毎週3億5000万ポンド(約517億円)支払っている。そのお金を国民保健サービスに回そうではないか」と車体に書かれたバスだった。
「EU離脱の是非を問う国民投票」は、全国民が「離脱か残留か」に無関心ではいられなかったため、対立を生んだ。しかも、「EUに加盟している」というあまりにスケールの大きな事実がもたらしている恩恵を明確にするのは難しいため、「バッドデータ(注:統計学的に理想的なデータに紛れ込んで分析を邪魔する粗悪なデータ)」が巷(ちまた)にあふれる結果となってしまった。
重要な存在ではあるが、もしかしたら高いリスクを秘めているかもしれないEUに残留することについて、「そうする価値があるかどうか」を国民が判断するための、明快で分かりやすい基準は1つもなかった。
問題となったのは、「英国はEUに毎週3億5000万ポンド支払っている」という主張が、明らかに間違っていたことだ。この金額は、英国がEUに払い込んだ「拠出金」の大まかな額ではあったが、そこにはさまざまな用途のために英国に払い戻される「リベート」も含まれていた。
「EUに毎週3億5000万ポンド支払っている」という訴えのなかでリベートについて言及されなかったことは大問題となり、この明らかな嘘に対して私人訴追しようとする動きも国民投票後には実際あったが、結局は失敗に終わった。
ただし、リベートについて説明しなかった件は、じつはさほど重大なミスではなかった。それを考慮して再計算したところ、「毎週支払われた金額」は2億7600万ポンド(約407億円)に下がった。それでも、「この程度下がったところで、例の主張の威力は本質的には変わらない」というのが、大半の感想だった。
それよりも大きな問題は、このわずか一行の訴えが、「英国のEUとの金銭的関係はすべて一方向の取引である」と端的に指摘したかのように見えたことだ。EUに「お金を支払う」ことはあくまで等式の片側なのだが、もう片側については何も語られなかったのだ。