さまざまな数字をつなぎ合わせた
「フランケンシュタイン統計データ」

 だが、英国統計理事会の激しい怒りをもってしても、状況は変わらなかったようだ。イプソス・モリ社が国民投票の1週間前に実施した世論調査によると、回答者の78%が例の訴えを聞いたことがあると答え、そのなかの47%が「あれは本当だと思う」と答えたのに対し、「あれは誤ったものだと思う」と回答した人は39%に留まった。

「EU離脱の是非を問う国民投票」に向けた各派の運動について事後の批判的分析を行うのは、決して楽しい作業ではない。だがこれは、「統計データは世間に出た瞬間に独り歩きする」ことを如実に示した事例であり、ここで述べないわけにはいかないのだ。

 あるいは、この事例では「データは死後の世界でも生きつづける」と言うほうが正しいかもしれない。この3億5000万ポンドという数字は、葬り去られるべきものであるにもかかわらず何度も復活しつづけてしまう、いわゆる「ゾンビ統計データ」と化してしまったのだった。

書影『ヤバい統計 政府、政治家、世論はなぜ数字に騙されるのか』『ヤバい統計 政府、政治家、世論はなぜ数字に騙されるのか』(集英社)
ジョージナ・スタージ 著、尼丁千津子 訳

 とはいうものの、投票を呼びかける運動では、記憶に残るキャッチフレーズを考え出すことがきわめて重要であり、そういったコピーに数字を使うと大きな効果が得られる。しかも、統計データは利用する側のほぼどんな主張にもぴったり合った使い方ができるのだ。

 残留派の投票運動でも、「貿易、投資、雇用、低価格商品をはじめ、ヨーロッパとの経済連携によって実現しているあらゆるものの価値の総計は、1世帯当たり年間3000ポンド(約44万2900円)に相当している」といった、出所がよくわからない数字を用いた主張がなされていた。

 この「3000ポンド」は、異なる時期に異なる手法で測られたさまざまな数字を継ぎ合わせてできたものだった。これはゾンビではないが、いわば「フランケンシュタイン統計データ」とでも呼ぶべきものであり、経済学者たちは「信じがたい」と指摘した。この数字に「3億5000万ポンド」ほどの説得力がなかったのは間違いないが、それでも、残留派が自分自身を棚に上げて相手を批判していたことを示すには十分だ。