ノックを打ち続けても動かない落合の右足
福留孝介「だから全然疲れない」

 サブグラウンドで落合が打ち続けるノックは、全体練習のメニューが終わる午後3時頃からの個別練習での名物シーンにもなっていた。

「ダメだと思ったら、グラブを地面に置け。それで終わりにするから」

 そう落合が言っても、森野は受け続けた。男と男の意地のぶつかり合いとは、こういうことなのだろう。宿舎に戻った森野は、脱水症状で病院に運ばれたこともあった。

 荒木や井端に対しても、足を運ぶスピードを緩めれば捕れないが、全力で追えば捕れるような、絶妙のコースに打ち分けた。

 そのノックを、ぼんやりと見つめていた時だ。

「右足、見てくださいよ、あの人の」

 そう耳打ちしてくれたのは、練習が一区切りついていた福留孝介だった。右打者の落合は、軸足となる右足が動かないのだ。ボールを受ける時も、スイングする時も、選手に声を掛ける時も、その右足はずっと同じところにある。

「ブレへんでしょ?だから、全然疲れないんですよ」

 がみがみ言うわけでも、声を荒げることもない。淡々と打ち続ける。しかし、そこに一切の妥協はない。

 マシン打撃を3時間。若手選手が気合を入れるためなのか「うりゃ」「おー」と、1球ごとに、悲痛な叫び声を上げていた。

「あんなことしてるから、力が抜けちゃうんだ。分かんねえのかな?」

 それを分からせるために、打たせ続けているのだ。

 左手首の度重なる手術のせいで左手の握力が弱かった中村紀洋は、バットのグリップエンド部分にテーピング用のテープをぐるぐる巻きにしていた。グリップエンドを太くすることで、インパクト時に左手が受ける衝撃を弱めるためだ。

「それはよくないんじゃないか?外した方がいいんじゃないか?」

 落合からの助言で、中村はテープを外したバットで打席に立った。しかし結果が伴わず、しかもインパクトの衝撃で、左手に違和感が残った。ただ試した上で、もう一度テープを巻いた後からは、落合は何も言わなかったという。

 そうした猛練習や細かいアドバイスを通して落合イズムが浸透し、さらに旬の時期を迎えていた多くのスターたちがいたからこそ、落合中日は無類の強さを発揮したのだ。

 なのに、観客動員が伸びない。スポンサーからの“受け”も悪化しつつあるといえた。