自作農の一部には織物業などにも手を出して富裕になる者もいたが、その一方、より小さな土地保有の小農民の傍らには土地財産のない貧窮農民が多数現れた。

 こうした一種の階層分化の結果、伝統的に平等・公平だった農村の管理、共有地や森林・牧草地の使用権は、各農民の土地財産に応じて差別化されるようになり、それにまったく与かれない貧窮農民は不満を募らせた。かくして共同体は解体していった。

 旧来の領主たちも、物価高騰と貨幣価値の下落のために打撃を受けて、その財産や諸権利は、上記のブルジョワ地主らの進出で縮小してしまった。

書影『魔女狩りのヨーロッパ史』(岩波新書、岩波書店)『魔女狩りのヨーロッパ史』(岩波新書、岩波書店)
池上俊一 著

 また自由農民による保有地の世襲財産化の定着も、彼ら領主には打撃だった。だから彼らは、地代滞納を口実に農民保有地を召し上げたり、共有地を没収したりして直営地をふやそうとしたが、それがさらなる貧窮農民増加に繋がった。

 以上のような物質的・経済的状況悪化に加えて、宗教改革以後の宗派対立もあって、人々は鋭い危機意識に囚われていった。そんなときに、上で見た、気候不順・飢饉、疫病、戦争などが出来すると、心身ともにギリギリの状態が生まれ、隣人どうしの妬み恨み・諍いが至る所に渦巻いて、いつ魔女狩りが起きてもおかしくない条件が整うのだろう。

 すなわち心理的に追い詰められた人々の間で、ちょっと普通ではない、原因不明の病気や怪我、性的能力の無能化、家畜の異状、農作物の枯死などが発生すると、その被害の「責任者」を誰か見つけなければ、収まりがつかなかったのだろう。