そうした背景もあり、ランキングがどこまで正確かという問題はあるが、大きく外れていることはないだろうという前提で眺めれば、ハブは総じて百数十種類の世界の毒蛇の中で下から10番目以内に位置している。世界には0.03マイクログラムに満たない毒量でマウスの過半を死なせてしまう毒蛇もいるが、ハブ毒は1マイクログラム程度ではマウスも人も死なない。これは間違ってはいない。LD50の比較では日本の毒蛇でもヤマカガシやマムシの方が危険だ。

 では、弱いはずのハブ毒になぜ奄美の人々がこれほど苦しんできたかというと、ハブは「質より量」の毒蛇だからだ。

 まず、毒の量が多い。1回咬みつくと、左右の牙から1ミリリットルのうす黄色の毒液を出す。いくら毒が弱いといっても、1ミリリットルの量が出たら5、6人は確実に殺せる。

 そして、個体数が多い。ハブがどのくらい存在するかの試算は難しいが、捕獲数から推定しても、ざっと奄美に7万匹、徳之島に4万匹はいると考えられる。ここだけで11万匹である。奄美大島の5.9万人という人口よりも多い。

 1マイクログラム当たりの毒性が弱かろうが、万が一咬まれて、鋭い牙から人の指先分ほどもの量の毒が流れ込めば、毒性が強いか弱いかはあまり関係ない。その上、「ハブは本当は臆病」といわれても、個体数が多く、山の中にも家の中にも出没するとなれば安心はできない。

 つまり、毒蛇ランキングなどあてにしてはいけない。やっぱりハブは警戒すべき「日本最強の蛇」であることはまちがいないのだ。

ハブの毒を中和する
血清が誕生するまで

 怖いハブだが、咬まれて亡くなったり、重度の後遺症が残ったりする例は激減している。医療体制の整備とあわせてハブの脅威を弱めてくれたのが、毒を中和する抗毒素(血清)の存在だ。

 血清は1904年に国立伝染病研究所(現東京大学医科学研究所)の北島多一氏らによってつくられた。血清は液状のため、有効期間の短さが課題だった。低温保存する必要があったが、当時の電力事情から離島では使用が簡単ではなかった。