現在普及している血清は、出血を止める効果はあるが、筋肉の壊死には充分に効かない。筋肉の細胞が死ぬ毒は、毛細血管を破壊する毒に比べて作用するのに時間がかかり、分子量が小さいため抗体ができにくいからだ。

 だから、咬まれて病院に行って血清を打ったところで、他の病気のように「あー、楽になった」とはならない。痛みはずっと続く。かといって、痛みを抑えようと痛み止めを打っても効き目がないどころか、パンパンに腫れてますます酷くなる。

 血清を打っても痛いのは、ハブ毒のいろいろな成分が筋肉や筋膜や腱などあらゆるところにガンガンに働いているからだ。そこに痛み止めの麻酔薬を局所的に注射液で入れると、その場所の圧力が増して、患部がさらに腫れ上がる。

 だから、医者は痛み止めを使わずに腫れ上がった患部をスパッと切る。そうすると圧力が下がり、「楽になった」と患者は口をそろえる。

ハブ毒ワクチンが姿を
消した切実な理由…

「そんなに痛い思いをするならば、もしもの時のためにワクチンをつくってよ」という声も聞こえてきそうだ。ハブに咬まれた時の重症化を未然に防ぐワクチンは、かつては存在した。「トキソイド」と呼ばれたこのワクチンは、ピーク時には毎年2000人が接種していたが、年々接種数は減少。打つほどの意味がないということなのか、国内唯一の製造元だった千葉県血清研究所の採算が合わなくなり、20世紀末に廃止された。

 いまでは千葉県血清研究所も閉鎖されており、再度、ワクチンを実用化しようとするならば安全性試験から取り組まなければいけない。コストを考えればどこかの製薬会社が今後手を挙げる可能性は限りなく低いだろう。