他社にはない古くからの製法に着眼
モノが溢れる時代にはストーリーが必要
だが、風呂床の汚れのほとんどはアルカリ性。それを同じくアルカリ性の石鹸で落とすというのは「常識外」で不可能だと思われていた。それでも父親は銭湯に通い詰めて研究を重ね、数年後に商品を完成させた。
使う場所にも、人にも優しく、さらに安全性が高いということで、この洗浄剤は一気に普及し、木村石鹸の名を高めたという。会社の事業の根底に、使う人や環境に「安心」や「優しさ」を提供するという想いがあることを、木村さんはこの時初めて知った。
「釜焚き」製法についても、同様だ。植物性油にアルカリ剤を混ぜ、熱を加えて反応を促すこの石鹸製造方法はとにかく経験や職人の感覚が求められる。天然の油はロットや季節によっても微妙な違いがあり、職人は毎回、湿度や温度、油の状態などを加味して微妙な調整を繰り返す。石鹸が焚きあがるまで毎日約7時間、熱い釜に職人はつきっきり。手間がかかるので、今ではやっているところは少ない。
それなのに、木村石鹸が釜焚きにこだわってきたのは「単に親父が釜焚きを好きだったからです。一度止めてしまったらまたやろうと思っても復活させるのは難しい。親父はそう考えていたので、社内的には釜焚きは止めたほうがいいんじゃないかという声もあったのですが、頑として首を縦に振らなかった」と木村さんは明かす。
「石鹸」は、洗浄剤の中ではとても重要な原料の一つだ。しかも、他の原料に較べて歴史が長く、その歴史の長さが安全性の保証にもなっている。木村さんの言葉を借りれば、石鹸には「ある種、究極の無難さみたいなものがある」のだ。その原料を自社で製造し、性能を調整できる木村石鹸は、他の会社が「石鹸」でやらないことをできる。これは大きなアドバンテージだった。
ところが、父親をはじめ、木村石鹸の社員たちは誰も、そのことを何か特別なことだとは考えていなかった。石鹸というのは、人の生活の中であまりにも当たり前のようにふんだんに使われる商品なので、いちいち立ち止まって「石鹸とはどうあるべきか」なんて考える人は少ない。消費者が石鹸について知っていること(あるいは、知りたいという気持ち)がそもそも少ないことに木村さんは気づいた。