
山野千枝 著
「SOMALI」の開発は、木村さんを含めた3人だけでスタートした。つくろうとしている商品を扱える既存の販路はなかったため、ネットでの直販をメインにしようと考えた。木村さん以外の二人のメンバーはネット担当の20代の女性、そして、製造業務担当の男性だ。商品開発のことが当時はまるでわからなかった木村さんに代わり、彼がプロジェクトを実質的に回していくという重責を担ってくれた。
「SOMALI」シリーズの最初の商品には、石鹸を選んだ。それは、自社ブランド「SOMALI」を通して木村石鹸という会社をブランディングするという、帰ってきたアトツギである木村さんの決意の表明だった。だから、この石鹸の売上で大きな数字のインパクトを出すということはあまり意識していなかった。
「そんなちっぽけな売上のために、自社ブランドなんか意味があるの?」という批判的な意見も、社内には当然あった。それに対して、自社ブランドはOEMに比べて利益率が高いこと、また、自社ブランドによって会社のプレゼンスが上がればOEM事業の仕事のバリエーションも増やせることなどを丁寧に何度でも説明した。「とにかく、やってみようよ」と。
だが、この時、表面的には失敗を恐れないチャレンジだと見せながらも、絶対に失敗するわけにはいかない切実な理由が実はあった。木村さんが戻る前に、かなり大きな資金を投入して始めていた新規事業が大失敗し、大変な量の在庫を抱えてしまっていたのだ。「SOMALI」の開発は、この失敗の処理と同時進行で進めざるを得ず、「かなりキツかった」と木村さんは振り返る。社内には、「今度も失敗するんちゃうか」という不穏な空気が漂っていた。
もしも「SOMALI」が失敗したら、新しいことに挑戦するという気持ちを社員が2度と持てないのではないか、という深刻な懸念があった。
「失敗するわけにはいかない」
そのプレッシャーを木村さんは一人でひっそりと抱えていた――。