おいしいとされる「丸い塩」
まずいとされる「角のある塩」

 実際のところ、どれだけニガリ分が味を左右するかはわからない。

『塩入門(食品知識ミニブックスシリーズ)』(尾方昇著、日本食糧新聞社、2011年)によれば、明治時代にはニガリ分が少ない「真塩」と、ニガリをかけてかさ増しした「差塩」とがあり、大部分が塩分濃度70~75%の純度が低いべとべとの塩だったという。それだけに買ってきたら塩の下に容器を置き、垂れてくるニガリを除く「ニガリ抜き」をしないと使えなかった。純度の高い真塩は貴重な高級品だったのである。

 近代製塩業は、海水からいかに高純度の塩化ナトリウムを取り出すかが課題だった。そのために技術改良を重ねてきた結果、今度は逆にその純度の高さが問題になってしまったのだ。

 しかもそれはほんのわずかな違いである。1994年(平成6)時点で販売されていた主な塩の成分を、北海道消費者センターがテストした記事がある(『たしかな目』1994年9月号)。それによれば、「海の精」の85.3%を除き、いわゆる「自然塩」と呼ばれている再生加工塩はいずれも90~96%台の高い純度だった。たった数パーセントの違いをどれだけ舌が見極められるかは甚だあやしい。

書影『味なニッポン戦後史』(集英社インターナショナル)『味なニッポン戦後史』(集英社インターナショナル)
澁川祐子 著

 前掲の『塩入門』では、おいしいとされる「丸い塩」と、まずいとされる「角のある塩」との違いは、結晶の溶ける速度や表面にあるニガリなどの膜の有無だとしている。精製度の高い塩は、塩化ナトリウムのピリッとした塩辛さが直接舌にふれ、角があるように感じられる。一方、岩塩など溶ける速度が遅いものは、やや甘く感じられる。ニガリなどの膜がある場合も、表面に塩化ナトリウムが露出していないため、塩角を感じない。ただし煮炊きによって表面が溶けると、塩角の有無は関係なくなるという。

 この見解が妥当なところではないかと思うが、“神話”は予想以上にしぶとかった。専売制廃止が見込まれていた1995年(平成7)ともなると、「自然塩」人気の反映から巷に出回る「特殊用塩」の数は600種ほどまでに増えていたのである。