もちろん、そうでない経済学者もいる。伊藤元重・東京大学名誉教授は「公的債務比率の縮小には、分母の名目GDPを増やすことも重要だ。高い成長率が実現できない場合は、物価上昇で引き上げる必要がある」と述べている。

日本は赤字を減らしている
ワニの口は閉じてくる

 日本の財政状況は危機的なのに、物価も上がらず、金利も上がらず、円も大して下がらなかった。これは不思議だが、日本の財政状況は健全というほどではなくても、穏当に赤字を減らしている、と考えると謎が解ける。長期的に財政赤字を減らすようにしているので、人々は安心して国債を購入し続けているのだろう。

 これに対し、たしかに1999~2008年度、2009~18年度を考えればワニの口は閉じ気味だが、リーマン・ショック時、コロナショック時では一挙に財政赤字が膨らんでいるのだから、財政状況が健全化しているとはいえない、という反論が出るだろう。

 しかし、危機時に財政赤字が膨らむのは世界中どこでも同じである。日本の財政状況が悪いから財政状況のよい国の国債を買おうとしても、世界中の財政状況が悪化している。財政状況のよい国はどこにもない。

書影『日本人の賃金を上げる唯一の方法』(PHP研究所)『日本人の賃金を上げる唯一の方法』(PHP研究所)
原田泰 著

 また、危機のときに実物投資をする人もいない。銀行にとってみれば、貸出先もなく、仕方がないので国債を買っているしかない。景気が悪いから物価も上がらない。貸出先も投資先もないのだから、金利も上がらない。海外に資金が流れることもないのだから、円も下落しない。だから物価も上がらず、金利も上がらず、円も下がらない。

 経済が元に戻れば、歳出も税収も元に戻るから、ワニの口はゆっくりと閉じてくる。だから、焦って海外に資金を流出させたり、国債を売ったりしないのだろう。

 なお、それでもワニの口の閉じ方はわずかだという反論があるかもしれない。とくに、コロナショック後の閉じ方がわずかだという反論があるだろう。しかし、ここでワニの口が閉じないのは、税収が上がっているのに、一度拡大した政府支出が減らないからである。

 この図を見ていると、私は、税収が上がるから安心して支出を増やし、政府赤字が拡大しているのではないかという気がしてくる。