財務省Photo:PIXTA

日本の財政赤字はひどく、それゆえに税収を上げなければならない、という言説はよく聞かれる。しかし、その理屈は本当なのか。経済学者が真偽を解説する。本稿は、原田泰著『日本人の賃金を上げる唯一の方法』(PHP研究所)を一部抜粋・編集したものです。

財務省が語る「ワニの口」
本当に存在するのか

 日本の財政状況は危機的といわれており、このままでは、財政は破綻するといわれている。国債の償還ができない、ハイパーインフレになる、金利が暴騰する、円が暴落するなどの危機が起きるというのだ。ところが、現在までのところ何も起きていない。

 まず、何も起きないのはなぜかという理屈ではなくて、そもそも財政が危機的状況という認識についての疑問を述べたい。

 財政の危機的状況を表す言葉として「ワニの口」という表現がある。たとえば、財務省のホームページ内「日本の財政を考える」では「これまで、歳出は一貫して伸び続ける一方、税収はバブル経済が崩壊した1990年度を境に伸び悩み、その差はワニの口のように開いてしまいました。」との記述がされており、ワニの口のグラフには、口を開いたワニのイラストも示されている。

 ワニの口のグラフは、図4-2-1のようになる。しかし、これはワニの口に見えない。なぜならワニの口とは、端に向かうに従って一方的に拡大していくものだからだ。

 歳出と税収の差が本当に「ワニの口」の形をしていたのは、1990年度から99年度までであり、その後ワニの口は閉じ気味になっていった。2008年のリーマン・ショック時には再びワニの口となったが、その後も閉じ気味になった。

 20年度以降、現在までのコロナショック時では再び開いているが、拡大し続けているというわけではない。すなわち、2000年度以降の歳出と税収の差は、何かショックがあるときには極端に開くが、その後は閉じ気味になる、という動きをしている。

歳出に「国債償還費」込み
財務省のグラフのトリック

 さらに、図4-2-1のグラフにはトリックがある。歳出に「国債償還費」が入っているからだ。国債償還費を歳出に入れるのはおかしい。

 会計を勉強したことのある人は、支出-収入=借金の増減(プラスが借金の増加)とならなければおかしいと思うだろう。会計を学んだことのない人も、常識で、収入よりも多く使ってしまった額が債務の増で、借金を返したら債務が減るのだから債務償還費を支出に入れるのはおかしいと思ってくれるだろう。

 あるいは、直感的に、住宅ローンの繰り上げ償還をしたら家計の財務状況が悪化すると考えるのはおかしいと思うだろう。だから、債務状況を考えるときに債務償還費を入れるべきではない。