文章を書くことを仕事にしたことで、大企業の社長や起業家、科学者など、いわゆる社会的に成功した方々にたくさん取材する機会を得てきました。その数は、3000人を超えています。誰もが知る有名な会社の社長も少なくなく、「こんな機会はない」と本来のインタビュー項目になかったこともよく聞かせてもらいました。インタビューで会話が少しこなれてきているところで、こんな質問を投げかけるのです。
「どうして、この会社に入られたのですか?」
数千人、数万人、中には数十万人の従業員を持つ会社の経営者、あるいは企業を渡り歩いて社長になった人となれば、仕事キャリアに成功した人、と言って過言ではないと思います。仕事選び、会社選びに成功した人、とも言えるでしょう。ところが、そんな人たちの「仕事選び、会社選び」は、なんともびっくりするものだったのです。
好きだからうまくいくわけではない
仕事選び、会社選びでよく言われるものに「好きなことをやりなさい」があります。職業選択のヒントとして、これは一理あるかもしれません。
実際、ゲームが大好きだから、ゲーム会社に入った、という人がいます。子どもの頃から大好きなお菓子があって、そのメーカーに就職したという人もいる。企業の変革ストーリーが大好きで、舞台となった会社を選んだ、というケースもあります。
好きなことなら頑張れる、というのは事実でしょう。ゲームが好きな人がゲーム制作の仕事に携われたら、これは楽しいと思います。それまで自分が楽しんできたものを、今度は人に楽しんでもらえる。そんな仕事なら時間を忘れて夢中になれると思います。
さまざまな職業の成功者の中にも、「好きなことをやりなさい」と語っていた人はたくさんいました。何時間やっても苦にならない、というのもヒントだと語っていたのは作家の角田光代さん。貧乏だったけれど、好きなことしかしていなかったという漫画家の水木しげるさん。とにかく野球が好きだったと語っていたのは、元サムライジャパン監督、WBCで世界一になった栗山英樹さん。
好きなことを選んだし、好きなことだから一生懸命になれた。努力ができたからこそ、結果も出せた。
たくさんの人に取材をしてきて、「最もすごいと思った人は誰ですか?」と逆に質問を受けることがありましたが、私がよく答えていたのが、「監督という職業」でした。とりわけ映画監督。
スポーツなら選手、映画なら俳優、現場監督なら職人……。いわゆる猛者たちを取りまとめ、一つの結果を出していくのが、監督という仕事です。すごいなぁ、と思うことが多々ありましたが、中でも映画は投下される資金も大きく、関わる人も多い。おまけに、天候という偶然にも付き合っていかないといけない。
深作欣二(きんじ)さん、森田芳光さん、堤幸彦さん、矢口史靖(しのぶ)さんなど、たくさんの監督に取材しましたが、まさしくスーパーマンだと思いました。腰も低く、しゃべりもうまく、おまけにオーラもある。しかも、お金のことも考えないといけないのです。
もちろん皆さん、映画が大好きで、若い頃から映画漬けの日々を送られていました。そして映画の世界に入った。まさに「好きなこと」を仕事にできたわけです。そして、「好きなこと」に没頭する日々を送った。
ただ、彼らが監督として成功したのは、映画が「好きだったから」ではありません。それも一つの要素かもしれませんが、それ以上に彼らには映画監督としての才能があったということです。
注意しなければいけないのは、好きだからといってうまくいくわけではない、ということです。ゲームをやるのは大好きだけれど、実は制作者には向いていないかもしれない。やるのは楽しかったけれど、販売する仕事は地獄の苦しみになるかもしれない。
たしかに「好きなこと」は一つのヒントにはなりますが、そこに引っ張られすぎると選択を間違えることになりかねません。
それがわかっているので、「好きなものは、趣味で楽しむ」と断言していた人もいました。私は、それはかなり正しい、と思っています。
※本記事は『彼らが成功する前に大切にしていたこと 幸運を引き寄せる働き方』上阪 徹(ダイヤモンド社)より、抜粋して構成したものです。