職場でも家庭でも学校でも、私たちは日々様々な課題に追われています。しかし、表面的な解決だけでは同じ問題が繰り返されてしまうのです。そこで今回は、問題の根本解決に欠かせない「システム思考」の視点について、スペシャリストお二人の特別対談をお届けします。
株式会社roku you代表でSEL(Social Emotional Learning)の専門家、『「切りひらく力」を育む親子習慣 世界標準のSEL教育のすすめ』(小学館)を上梓した下向依梨さんと、システム思考教育家として活躍する福谷彰鴻さんが登場。彼らがどのようにして複雑な人間関係の問題を俯瞰し、解決に導くのか、その方法を詳しく解説します。
下向さんは、『21世紀の教育』(ダニエル・ゴールマン、ピーター・センゲ著、井上英之監訳)の解説パートを担当し、福谷さんも同書のシステム思考に関連する内容について、ピーター・センゲ博士に10年以上師事した経験をもとに、様々なアドバイスをしてくれています。
この記事を読めば、日常の課題に対する新たなアプローチが見つかるはず。組織や家庭、学校の問題を根本から解決したい方は必見です!(構成/佐藤智、ダイヤモンド社書籍編集局)

学校の課題Photo: Adobe Stock

学校や多様な組織の変革に関わるふたりの対話

福谷彰鴻(以下、福谷) 僕は15年程前にMIT(マサチューセッツ工科大学)の上級講師で『学習する組織』を執筆したピーター・センゲ氏に出会い、感銘を受けて、そばで学んできました。

 現在は、システム思考教育家として、学習する組織やシステム思考のツールを提供したりワークを実践したりしながら、さまざまな人と共に学びを深めています。

 ある意味、普遍的なものだと思うのですが、僕らは多くの時間とエネルギーを費やす仕事に、やりがいを感じたい、良い成果を出したい、貢献したいと考えている。しかし、どんな仕事でも1人では完結しません。

 一見、1人で取り組んでいるように見える仕事でも、実はたくさんの人に支えられている。このような複雑性の中で、僕はそれぞれの方の強みや個性を活かして成果を共に創り出していくために、システム思考の手法やツールを用いながら、共に考えて行動する力を高めていくサポートをしています。

 ご相談の半分程は、対話のある組織作りやリーダーシップの育成などの要望を持った企業やNPO、行政関係者の方々。残りの半分程は学校の先生です。

下向依梨(以下、下向) 学びプロダクション roku youの代表取締役として、沖縄を拠点に全国の学校に向けてSEL(Social Emotional Learning/社会性と情動の学び)を主軸に多様な学びの仕掛けづくりを行っています。

 SELは「社会的能力」と「気持ち(感情)に関わる能力」を育む教育アプローチです。そのSELアプローチを土台に、高校の「総合的な探究の時間」に伴走したり学校改革のパートナーとして協働したりする中で、私はシステム思考の考え方が非常に重要だと感じています。

 福谷さん、改めてシステム思考とは何かを教えてください。

システム思考とは何か?

福谷 多くの人は「システム」という言葉を耳にすると、ITやICTなどデジタル的なイメージではないでしょうか。あるいは、「申し訳ありません、そういうシステムなんです」と、誰かが決めた仕組みや制度のことを想像する方もいるかもしれません。

福谷彰鴻さん福谷彰鴻(ふくたに・あきひろ)
システム思考教育家
『学習する組織』の著者ピーター・センゲ博士から10年以上にわたってメンタリングを受ける直弟子。システム思考をはじめ「学習する組織」の複雑なコンセプトやツールを普段使いの言葉で伝えながら、学び合うコミュニティの形成に取り組んでいる。企業・NPOでのマネジメント研修やチームビルディング、教育機関での管理職・教職員向けワークショップ、生徒・児童向け講座など幅広い世代や分野を対象に実施。長野県立大学ソーシャルイノベーション研究科客員准教授、クマヒラセキュリティ財団システム思考教育アドバイザー、SoL(組織学習協会)ジャパン理事などを務める。ハルト・インターナショナル・ビジネススクール MBA。

 これらはどちらも機械的なメタファーだと思います。

 センゲ氏はそれらのイメージを一旦横に置き、「システムという言葉を聞いたら、家庭をイメージしてください」と話します。それは家庭が、システムの特徴を象徴しているからです。

 家族と“仲悪く”過ごそうと思って、1日をスタートさせる人はほとんどいないでしょう。しかし、私たちのほとんどが家庭の中に衝突や摩擦を繰り返し経験する。個別の要素を見ても誰一人意図していないことが、その相互関係性によってシステマチックに引き起こされる。こんな相互関係性の中から生じ合うものの総体をシステムといいます。

 システムの別名は「相互依存性(Interdependence)」です。つまり、ものごとを個別の小さな要素に分解していくだけでなく、互いに影響し合う関係性に着目して捉えていくのが、システム思考の試みです。

 例えば、僕は今、依梨さんと話をしているけれど、相手が異なれば違う話し方をしているはずなんです。この会話を生み出しているのは、僕個人でも依梨さんでもなく、今ここにある「システム」だと捉えられます。場所が違っていたとしても、異なる会話になっているはずです。

下向 家族から思いもよらない酷い対応をされると、その人を責めたい気持ちが生じます。しかし、もしかしたら私自身の行動や言動に原因があり、めぐりめぐって相手の行動や言動として返ってきているかもしれないということですね。

 それならば、相手か自分かのどちらかが悪いと決めつけていては解決に結びつけていけそうもありません。システムを冷静に俯瞰していくことで、より良い関係性を築いていける希望があると感じました。

福谷 たとえば、組織で大きな目標に向かうとき、営業や研究開発、管理部門など役割を分けて考えますよね。そして、それぞれが役割を果たせば全体の目標が実現するはずだと考えます。しかし、個別の担当者が最善を尽くしているのに、全体として目標に近づけていないことはないでしょうか。

 こうした場合、個別の要素を見るのではなくて、全体の関係性を見ていかないと担当者を何度入れ替えても、なぜか同じ結果になってしまうことがあります。「誰が悪いのか?」という目に見えている問題症状だけでなく、「何がそうさせるのか?」と、もう少し見えにくい部分にあるシステム構造に目を向ける必要があるのです。

 このようにシステム思考では、一見してわかる部分だけでなく、今私たちには見えておらず、しかし現状に影響を与えている関係性に目を向けるのですが、僕らはその複雑に関係し合うシステムをすべて自分でコントロールできるわけではありません。究極的にいえば、僕らが唯一、変えられるのは「自分」たちがシステムにどう関与するかです。

下向 ドキッとする話ですね。私たちは、「何かのせい」「誰かのせい」にしたくなってしまう特性を持っています。「パートナーがこう言ったから」「あの人がこれをしてくれないから」など、他責にした方が自分がラクになりますし、自己防衛にもなる。しかし、関係性を見直したいのならば、自分たちの影響や責任に目を向けることが欠かせないのですね。

すべてを「自責」に捉えるエラーに注意

福谷 自分自身のシステムへの関与に目を向けた方は、システムの変化のための第一歩を踏み出しています。しかし、ここで強調したいのは、すべてを自責にしてはいけないということです。特にまじめで責任感の強い人ほど、自責の思考に陥りやすいので注意が必要だと思います。

下向依梨さん下向依梨(しもむかい・えり)
株式会社roku you代表
大阪府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部へ入学後、社会起業家について研究。在学中に、社会起業家育成のパターン・ランゲージを開発、出版。その後、米国・ペンシルベニア大学教育大学院で発達心理学において修士号を取得。帰国後は東京のオルタナティブスクールに勤務。2019年に株式会社roku youを沖縄県にて設立、代表取締役に就任。SEL(Social Emotional Learning /社会性と情動の学び)を基軸に、全国延べ100校以上の学校改革や総合的な探究の時間に関わる。『21世紀の教育 子どもの社会的能力とEQを伸ばす3つの焦点』(ダニエル・ゴールマン、ピーター・センゲ、井上英之(監修, 翻訳)/ダイヤモンド社)の解説を担当。一児の母。『「切りひらく力」を育む親子習慣 世界標準のSEL教育のすすめ』(小学館)を上梓。

「私がちゃんとしていれば、こんな関係性にはならなかった」「私がしっかりしていれば……」と自分に執着することで、かえって本人もまわりの人も全体のシステムに目を向けられず、現状維持を助長してしまう可能性があります。実は僕自身も、「すべてを自責にしてしまうのは、ある意味とても傲慢なことだ」といわれて、グサッときたことがありました。

「ほかがどうであれ、私さえ正しいことをすれば全体が良くなるはずだ」という思いは、あまりよくできた想定ではありませんよね。

 夫婦でも家庭でも職場でも、相互関係性の中でシステムが構成されています。大事なことは、自責に陥らない。かといって、他責にもならないということ。「私たち」が対話し、そこにあるシステムのより全体に意識を向けていくことがとても大切です。

 複雑に絡み合ったシステムがあるときには、僕らの感情も絡み合っています。この感情を捉え、自分をニュートラルな状態に置いておくために、自身の身体と思考と感情のマネジメントがとても重要です。そこに依梨さんが取り組んでいるSELのアプローチは欠かせないものだと考えています。

下向 SELは自分の状態に目を向けることが第一歩ですからね。私たち1人1人がシステムに影響を与えていることを理解し、関わる全ての人がこのシステムをよくしていきたいという思いや感情を持ち寄ることが重要なのでしょうね。

福谷 変化はあらゆる場所から起こり得るし、そして1人では起こせないのだと思います。センゲ氏は、偉大なトップからの落とし込みによってシステムの変容が起きるのを、1度も見たことがないといっています。

 僕らは英雄の物語が好きなので、学校や組織が変わると、そこにヒーローを探したがります。「あの校長先生のおかげで」「力のある社長が」といったように、役職の高い方にスポットが当たることも多いでしょう。

 役職の高い人の組織へのインパクトを否定する意図はありませんが、それと同時に、その人1人によって全体が変わるわけではないとも思っています。本当に変化が起きていく時は、システムの一端を担っている色々な立場の人が、これまでと少し違う考え方や行動を各所で起こしているものです。組織の中でもそうですし、歴史を振り返れば、産業革命もルネサンスも、すべてを詳細に計画した人はいませんし、指示を出した人もいません。

 さまざまな場所で同時多発的に自主的な変化が起きて、その動きが有機的につながり合う時に、社会システムの変容へと向かっていきました。すなわち、組織や社会が大きく変わる時、目立つトップが変化を起こしているのではなく、関わるすべての人が役割を担っているということです。私たちに必要なのは、英雄のような個人ではなくて集合的なリーダーシップなのです。

 組織の一人一人がこうした仕組みを理解していくと、組織の課題に対して対症療法的ではなくより深いアプローチができるようになり、チームや組織の学習が進んでいきます。

課題への対処ではなく、望ましい状態を創り出すために

下向 福谷さんは、企業や組織から「この課題をなんとかしたい」といった相談を受けて、その解決策を講じるために協働することが多いのでしょうか。

福谷 課題についてのご相談をいただくことはありますが、僕は解決策探しには時間を使いません。微妙ですが重要な差異があって、「何が起きたら良いのか」「どんな状態に実現してほしいのか」からスタートします。

 課題への対応が主目的になると、現状が改善すれば次の問題探しが始まります。『学習する組織』では、「問題解決とは望まないものをどこかへやることであり、創造とは望む状態を実現することだ」と区別しています。

 白黒はっきり分かれるものではないかもしれませんが、表面に表れている氷山の一角のような「出来事」だけに目を向けるのではなく、深く考える習慣を身に付けていけるような、みなさんの学びの役に立ちたいと思っています。そうしなければ、組織はいつまで経っても、今見えている不都合への対応だけに終始してしまうからです。

 多くの大人は起きている時間の3分の1程を仕事にあてています。それだけ長く費やしている仕事ですから、良い仕事がしたい、やりがいを感じたい、良い関係性の中で働きたい、より望ましい社会につながる仕事をしたいというのは、多くの人の普遍的な願いだと思っています。課題解決の取り組みは必要かもしれませんが、どちらが主目的でどちらが副次的なものかは忘れずにいたいです。

下向 組織が「どうなりたいか」をイメージすることはとても大事なポイントですね。学校現場は課題が山積しており、ギリギリの状態で働いている先生がとても多いです。そのため、私は「この問題を解決してください」と学校が直面している問題への対処についてご相談をいただくことがほとんどです。

 例えば、「不登校がものすごく多いんです。どうしたらいいですか」というご相談は最近特に増えています。学校に行きたくても行けない状態にある子どもたちに対して、私たちができうるアプローチを模索しますが、その解決はとても複雑なシステムが動いた先にあるものです。

 そして、改善のためのアプローチをしたとしても、変容はジワジワと起きていきます。そのため、先生方が目に見える変化を体感しづらく、「何も変わっていない」と感じてしまい、モチベーションが下がってしまうこともあるんです。

 福谷さんがおっしゃっていた「課題への対処ではなく、どういうビジョンに向かっているのか」というゴールイメージの共有から入るアプローチは、長期戦になったとしても心が折れないようにするためにすごく重要なことだと感じました。

福谷 心が折れないようにすることは大事ですよね。もちろん、個人の視点に立つと、渦中で「折れた方がラク」になることがあります。つまり、やる気を失ったり落ち込んだりすることは適切な防衛反応だともいえるのです。

 しかし、それぞれの人が自身を保全する行動を取っていくと、それがカルチャーとなり、結果、「何をやっても無駄だ」という空気の漂う組織の状態へと向かうかもしれません。誰も「無気力な組織を創りたい」と積極的に思ってはいないにもかかわらず、組織としては誰1人願っていない成果を作り出してしまうのです。これは典型的なシステムの特徴です。

 話を戻すと、だからこそ、個々の人が意欲を持ち続けられるようなアプローチが大切なのです。

 現状への対処は、モチベーションが「恐怖」や「不安」に起因にすることがほとんどです。これらの感情は、僕たちを短期的・短絡的な関心へ向かわせます。例えば、「どんな子どもに育ってほしいか」ではなく、「とにかく、すぐに学校に来られるように働きかけなければ」という気持ちになっていってしまいます。

下向 確かに短期的な課題を追うと、私たちは恐怖や不安、心配に飲まれてしまいがちですよね。現在、学校組織は余裕がない状態で疲弊しながらも、前に進むことを求められています。私たちは、先生方の負担を軽減するサポーターであり、「どのようなビジョンに向かっていきたいのか」という組織の期待や希望を共に見据えた上でシステムを動かす伴走者になっていきたいと改めて思いました。

(後編に続く)