大きな社会変化をむかえる中、未来に向けてどのような教育が必要なのかーー。多様なバックグラウンドを持つラグビー日本代表をまとめあげ、現在は人材育成やリーダー養成に力を注ぎ『相談される力』(光文社)を上梓した廣瀬俊朗氏、そして、沖縄を拠点に教育クリエイターとしてSEL(社会性と感情の学習)の手法で、全国の学校などを支援し、『21世紀の教育』(ダイヤモンド社)では解説を執筆した下向依梨氏が、教育や学びへの思いを語り合いました。今回は、ジュンク堂書店那覇店で開催された対談の後編をお届けします。(取材・構成 佐藤智)

ルールメイキングの体験で自尊感情を育む

下向依梨(以下、下向) 廣瀬さんがこれからの教育に向けて、力を入れていきたいのはどのようなことでしょう?

廣瀬俊朗(以下、廣瀬) 大きくは2つあります。1つは、異なる他者のことを理解しようと努めながらコミュニケーションを図り、「答えのない問い」に向き合う力を育てていく活動です。そのために、ブラインドの状態でのワークショップや車椅子での体験などを設けています。

 もう1つは、前提を覆すことのできる、ルールメイキングを担える人材の育成です。日本人は改善やルールの中で効率を考えていくことは得意だと思います。しかし、社会の仕組みを作っていくことに対しては苦手な傾向があると感じています。

 そこで、「力が弱い子どもと、上級者が一緒に楽しめるラグビーのルールを作ってみよう」といった体験型のワークショップを実施しています。実践してみて、「もっとこんな反則を設けたほうがいい」といったリフレクションをし、再度実践するということ繰り返すことで、ルールが練り上がっていきます。こうした対話の中では、ずっとラグビーをしてきた僕らには想像もできない発想が出てくるんです! ルールを新たに生み出せる発想を大事にしていきたいですよね。

下向依梨さん、廣瀬俊朗さん廣瀬俊朗(ひろせ・としあき) 
株式会社HiRAKU 代表取締役
大阪府出身。5歳からラグビーを始める。東芝ブレイブルーパスでプレー。東芝ではキャプテンとして日本一を達成。2007年日本代表選手に選出、28試合に出場。2012―13の2年間はキャプテンを務める。現役引退後は、MBAを取得。ドラマ「ノーサイド・ゲーム」へ出演。2019年には、株式会社HiRAKUを設立。現在はラグビーの枠を超え、チーム・組織作り・リーダーシップ論についての講演や、スポーツの普及・教育・地方創生などに重点をおいた多岐にわたるプロジェクトに取り組む。全ての人に開けた学びや挑戦を支援する場作りを目指す。

下向依梨(しもむかい・えり)
株式会社roku you代表取締役 一般社団法人日本SEL推進協会代表理事
大阪府出身。慶應義塾大学総合政策学部卒業。在学中に、社会起業家育成のパターン・ランゲージを開発。その後、米国・ペンシルベニア大学教育大学院で発達心理学において修士号を取得。帰国後は東京のオルタナティブスクール(小学校)で勤務。さらに教材会社で働きながら、教育関連の企画など複数のプロジェクトに従事。2018年、教育クリエイターとして独立。2019年に株式会社roku youを設立し、代表取締役に就任。

下向 とてもおもしろい取り組みですね! 実際にどのようなルールが出てきますか?

廣瀬 ラグビーをしている者からすると、パスは後ろに投げるものと当たり前のこととして思っています。しかし、「こんなシーンでは前に投げよう」や「フルコートではなく、半分のコートしか使ってはいけないことにしよう」といった発想が飛び交います。ラグビーをしたことがないからこそ柔軟な発想が出てきて、僕らもとても学びになっています。僕はこうしたルールメイキングの体験ができる場を増やしていきたんです。

下向 ルールを作る体験は、社会や周囲に影響を与えられることを知り、自分のことを価値のある存在だと思う自尊感情の醸成につながります。フィンランドに視察に行った時に、幼稚園の5歳くらいの子どもたち全員が「自分たちが幼稚園を作っているという意識がある」というんです。「なぜ、そうした思いを持つことができるのですか?」と先生に尋ねると、「カーテンを見てください。オレンジと赤と青のおもしろい組み合わせになっていますよね? これは子どもたちの意見で決まったんです」とお話しくださいました。

 子どもの頃から、自身を取り巻く環境に対して影響を与え、仕組みやルールを作っていく体験をすることで自尊感情が培われます。そして、この資質は何かを創り出す原動力になるはずです。

廣瀬 そうですよね。これからの社会を考えると、ルールに従順に従うことだけでなく、ルールを壊したり自ら生み出したりする力が必要だと感じます。

下向 沖縄の新聞で報じられて話題になったのですが、沖縄の県立高校はツーブロックを校則で禁止しているそうなのです。その背景にはツーブロックをしている人に対する偏見があるわけなのですが。生徒たちも「おかしい」と思いながらも、聞けずにいるんですよね。

 生徒たちが探究のプロジェクトの際に、「これ以上、先生に聞いちゃいけない雰囲気がありました」と言って諦めることがあります。もちろんそんな学校や先生ばかりではありませんが、「新しくなにかを考えたところで反映されない」、そして「反映されないとわかっているから言わない」というサイクルが繰り返されているのであれば、悔しさを感じます。ルールメイキングをする取り組みが、学校でもどんどん広がっていってほしいと思っています。