物価高騰、超コスパ時代。1万円の料理は1000円の10倍おいしいのか? 「安くてうまい」が本当に最強なのだろうか? そんな疑問の答えを導き、人生をより豊かにする知的体験=美食と再定義するのが書籍『美食の教養』だ。イェール大を卒業後、世界127カ国・地域を食べ歩く著者の浜田岳文氏が、美食哲学から世界各国料理の歴史、未来予測まで、食の世界が広がるエピソードを語っている。「うなずきの連続。共感しながら一気に読んだ」「知らなかった食文化に触れて、解像度が爆上がりした!」と食べ手からも、料理人からも絶賛の声が広がっている。本稿では、その内容の一部を特別に掲載する。
自分の好みだけで評価しない
料理に関して、おいしい、という言葉はよく使われますが、おいしい、は本当に難しい言葉だと考えています。客観的なひとつの基準があるわけではないからです。
一方で、主観的な要素は多分にあって、それはその人の育ってきたバックグラウンドや食文化に、大きく影響される部分があるのです。だから店を評価し、「おいしい」「この店はいい」というときには、気をつけなければならないと思っています。
日常会話で友達とレストランの話をしているだけなら、「この店はおいしい」でいい。しかし、僕はメディアでお店を紹介したり、自分の所感を述べたりする機会があります。そのときに、深く考えず自分の好みで「この店はおいしい」もしくは「おいしくない」といってしまってよいのでしょうか?
僕の好みに合うからおいしい、合わないからおいしくない、となってしまっては、僕が発信する情報は僕とたまたま好みが合う人にしか役に立たないということになりますし、評価という意味では何の意味も持ちません。
味覚にはバイアスがある?
僕は日本人として生まれ育ち、いろいろなものを食べてきたので、この環境の中で生まれた好みは、排除しようとしても、どうしてもしきれないところがあります。いろんな味覚が口の中で広がったとき、それに対して特定の感情を持つことは避けられない。
たとえば僕は、最後の晩餐に何を食べたいかと聞かれたら、炊きたての白ご飯、といつも答えています。これは、日本人として生まれ育った僕の好みであり、ノスタルジーです。米を主食とする人以外には、理解されないでしょう。この感情をなかったことにすることは、できません。
ただ、そういうバイアスが自分の中にあることを常に意識し、できるだけそれを排除して評価しようと努力する、これには意味があると思っています。
好みの違いは、さまざまな形で顕在化します。まずは、世代による違い。若い世代が好む味付けと、年配の方が好む味付けの濃さが違うのは、わかりやすい例かと思います。また、肉の脂についてもそうで、若い世代は脂が強くても気にならない方が多いですが、歳を重ねると脂がつらくなりがちです。天ぷらでも同じで、20代や30代前半だと油を食べさせる天ぷらをうまいと感じがちです。逆に40代後半以降になると、そういう天ぷらは最後まで食べきれません。
また、性別の違いもあるかと思います。あくまで一般論ですが、女性のほうが男性よりも甘味を好む、といわれています。これは、女性シェフと男性シェフの味付けの違いにも表れることがあります。
あとは、お酒を嗜むかどうかも影響します。例外はあるにせよ、お酒が好きな方は甘いものを好まない傾向がある、とはいえるかと思います。
自分の口に合わないからおいしくない、とすぐに結論づける前に、こういった好みの違いがあることを勘案し、なぜ自分は違和感を感じたのか考えてみてはどうでしょうか。
(本稿は書籍『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』より一部を抜粋・編集したものです)
1974年兵庫県宝塚市生まれ。米国・イェール大学卒業(政治学専攻)。大学在学中、学生寮のまずい食事から逃れるため、ニューヨークを中心に食べ歩きを開始。卒業後、本格的に美食を追求するためフランス・パリに留学。南極から北朝鮮まで、世界約127カ国・地域を踏破。一年の5ヵ月を海外、3ヵ月を東京、4ヵ月を地方で食べ歩く。2017年度「世界のベストレストラン50」全50軒を踏破。「OAD世界のトップレストラン(OAD Top Restaurants)」のレビュアーランキングでは2018年度から6年連続第1位にランクイン。国内のみならず、世界のさまざまなジャンルのトップシェフと交流を持ち、インターネットや雑誌など国内外のメディアで食や旅に関する情報を発信中。株式会社アクセス・オール・エリアの代表としては、エンターテインメントや食の領域で数社のアドバイザーを務めつつ、食関連スタートアップへの出資も行っている。