事件の背景にあったのは
「反日意識」ではなく「仇日意識」ではないのか

 容疑者の動機について、日本では事件の背景にあるのは「反日意識」ではないか、といった報道が続いた。

 だが、実際にこの事件を受けて中国人たちが懸念していたのは、「反日」ではなく、「仇日」というキーワードだった。

 これまでの「反日」が過去の歴史問題や領土問題への視点の違いからくる「反対」や「反感」だったのに対して、「仇日」とは日本に関係するすべてに対する無差別な敵視を意味する。これは日本に限ったことではなく、吉林省の米国人英語教師刺傷事件の際にも「仇美」(「美」とは「アメリカ=美国」を指す)が取り沙汰されていた。日本と米国、どちらも今の中国が最も神経を尖らしている国である。

 特に蘇州の事件は、発生が報道されると同時に、胡さんに対して「日本人をかばうからだ」と嘲笑したり、日本人学校の存在を「スパイ養成機関」と呼ぶ書き込みが流れ、それに賛同する動きもあった。

 この「スパイ養成機関」説というのは主にこういう内容である。中国国内にあるいくつかの日本人学校には中国人子弟は通えない。それは日本人の子供に中国で教育を受けさせ、卒業後にはそのまま中国社会に「潜入」させたり、ときには中国人のふりをして公的機関に近づいて中国の機密を盗んだりと、中国崩壊を意図した行動を起こすスパイを養成するための機関だからだという。

 正直、今どきの日本人が「お国のために我が子を差し出し、その一生を尽くして中国の崩壊のために貢献する」わけがない。この考え方そのものがとても中国的すぎて、三流スパイ小説の読みすぎだろうとしか思えないツッコミどころ満載の想像力で、常識的な日本人としては苦笑いするしかない。

 それでも、それを信じてしまう人たちがいるのは、中国にはいまだに生身の日本人に接したことも、日本に旅行したことも、もちろん日本のドラマや映画すら観たことがない人たちがいるということでもある。