ツール・ド・フランスは世界最高の自転車旅だ!3500km大移動の舞台裏と自転車がもたらす観光革命(c)A.S.O. Billy Ceusters

自転車で旅する魅力とは何か? 世界最高峰のレース、ツール・ド・フランスと考える、フランスが誇る観光資源と自転車を結びつけた「サイクルツーリズム」の可能性とは。(取材・文/スポーツジャーナリスト  山口和幸)

ツール・ド・フランス
3500km大移動の舞台裏

 23日間で争われるツール・ド・フランスは7月16日、いよいよ勝負の最終週に突入し、残るは6区間だ。第16ステージはフランス南部にあるニームに到着した。「ニームは常に大集団のゴール勝負」と選手や監督が口をそろえて予想したように、スタート後から逃げ続けた選手らは計算されたかのようにゴールまでに捕らえられた。最後はやはりスプリンターの力比べとなり、アルペシン・ドゥクーニンクのヤスパー・フィリプセン(ベルギー)が今大会3勝目、大会通算9勝目を飾った。

ツール・ド・フランスは世界最高の自転車旅だ!3500km大移動の舞台裏と自転車がもたらす観光革命ヤスパー・フィリプセン選手 (c)A.S.O. Charly Lopez

 さらに17日、プロバンスのサンポールトロワシャトーからアルプス山脈のリゾート地シュペールデボリュへ。距離177.8kmで行われた第17ステージはEFエデュケーション・イージーポストのリチャル・カラパスがエクアドル選手として初優勝。カラパスは東京五輪ロードレースの金メダリスト。第3ステージではタイム差なしの首位となり、マイヨジョーヌを着用した実力者である。しかしツール・ド・フランスのステージ勝利は初めてで、表彰台では目頭が熱くなっているように見えた。

ツール・ド・フランスは世界最高の自転車旅だ!3500km大移動の舞台裏と自転車がもたらす観光革命リチャル・カラパス選手 (c)A.S.O. Charly Lopez

 ローマ時代の遺跡が残るニーム、ラベンダーで紫色に染まったこの時期のプロバンス。そして白い岩肌が垂直に屹立したアルプス。この自転車レースは世界随一の観光名所をわずか2日間で一気に巡る。

 町から町へと転々とするツール・ド・フランスは、23日間とどまることなく移動を続ける特異なスポーツイベントだ。主役は自転車で走る176選手。それ以外の関係者は車両で追従する。その数およそ3000台。

 スタートの町には大小さまざまな関係車両が集結する。黄色いステッカーを貼っているのはチームカーや審判車。緑色はフランスの大手報道機関、ピンクは広告キャラバン隊、水色は取材者などそれ以外の関係車両。さらにはピンクと水色のツートーンは1日1回だけ広告キャラバン隊を追い抜いていいというローカルルールが与えられる。大型車両やスポンサーはコースに入れないオレンジ色だ。さまざまな役目を持つこれらの車両を円滑に制御するために関係車両の動きは完璧にコントロールされている。

 スタート地点にはPPO(Point de Passage Obligatoire)という通過義務地点がある。前日にどこに泊まっていようとも、翌朝はまずここを通らなければならない。数人の若い車両スタッフが朝から待機していて、その役職や動きに応じて適切な場所に駐車させる。繁華街の限られたスペースに3000台の関係車両を見事に振り分けるのだからたいしたものだ。

 移動する巨大イベントが作り出したPPO。その必然性を理解するまで、だれもが面食らう存在だろう。例えば皇居前からスタートするからといって、大手町から入ろうとしてもダメなのだ。首都高速の環状線に乗ってまずは新宿に向かい、新宿通りを使って四谷・半蔵門とたどっていかなければスタート地点に入れてもらえない。

 なんでこんな難しいことをするかというと、フランス独特の町の作りに起因する。心臓部に教会があってマルシェがあって、かつて城郭があったところに環状線を備える。次の町に向かう道は基本的に1本。スタート地点から選手たちはイタリアに向かう門をくぐって走り出すとしたら、関係者はスペイン側の門からアクセスしなければ混乱する。文化と歴史、伝統と宗教をある程度知っておくと役に立つこともある。