当時、日本の上場企業の半数以上が1倍以下で、これは米欧の市場と比べても突出して多い状態です。端的に言えば、その企業の株式の時価総額が純資産総額(解散価値)を下回っているわけです。投資家から見れば自分が保有する株式の評価がそれだけ低いということであり、経営者は株主を重視した経営をしていないということです。以来、多くの企業が自社株買いや増配などの株主還元を進め、とりあえずPBR1倍以上をめざしていることは周知のとおりです。

 もちろん、東証の本意はPBR1倍だけではなく、「資本コストや株価を意識した経営」を実践すること。これは「コーポレートガバナンス・コード」(編集部注/金融庁と東京証券取引所が2015年に導入した「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」)を踏まえたもので、その徹底を促したわけです。短期的に株価を引き上げるだけではなく、持続的に収益性の高い構造を生み出してほしいということでしょう。そのためには、まず自社の資本コストを理解して、それを超える収益性を実現することが欠かせないのです。

現金を貯め込む日本企業に喝!東証「PBR改革」のキモは資本コストだ『「モノ言う株主」の株式市場原論』(中公新書ラクレ) 丸木 強 著

 ところが、この意図がどこまで浸透しているかは微妙です。機敏に対応した企業も少なくなかったでしょうが、企業によっては、その後にまとめた「中期経営計画」の中で資本コストにまったく触れていなかったり、自社の株主資本コストを低く見積もったり、目標とするROEをわずか5%としている企業もあります。これでは、経営計画を達成しても株価はPBR1倍割れのままです。

 またROE目標を8%としても、その実現時期をまったく明示しなかったり、10年後としたりしている企業もあります。こうした企業は、少なくとも現経営陣が在任中は本気で資本コストと株価を意識した経営に取り組むつもりはないのかもしれません。本稿執筆時点では、計画の作成自体を回避しているところも数多くあります。一部の企業については、まだ「笛吹けど踊らず」のようです。