片方のお店だけに
自販機を売った結果とは
「たばこの自販機を新しくするのですか」
テーブルの上を片づけるお二人に話しかけます。
「いまのがもう随分と古くなったから入れ替えようと思ってね」
ご主人が応えてくれます。
「どうでしょう。この機会に飲料の自販機を置いてみませんか。新しいたばこの自販機と同時なら一気に売り上げアップが見込めますよ」
奥さんはすぐにダメだと手を横に振りますが、ご主人はまんざらでもなさそうです。早速、カタログを出して自販機の説明を始めましたが、一時間ほど話をしたところで気の進まない奥さんを説得しながら、ご主人が設置の承諾をしてくれました。
思いもよらない展開でしたが、タイミングを逃すことなく売ってきた自分も一人前の営業の仕事ができるようになったのではないかと自信にも似た気持ちがこみ上げてきます。すぐ近くの山本商店にも自販機の紹介をしていた手前、少し悪いかなとも思いましたが、千載一遇のチャンスを逃さないのも営業職の力量だと自分を納得させながら、クルマを走らせました。営業所に帰って「売ってきました」と報告します。
自販機を設置する当日。すでに設置も終わり、業者も引き揚げた細木商店にご挨拶に伺います。店頭にはピカピカの自販機が二台並んでおり、商店街から少し外れた路地ながらそこだけ少しあか抜けた感じがします。なんとも言えない達成感です。お二人に何度も御礼をして、次の店に向かいます。
次の店は山本商店です。山本商店に入ると店主がこちらを振り返ります。いつもよりも少し元気がありません。「どうされました」と伺うと、主人が少しずつ言葉を拾うように話し始めました。
「この店は、先に逝った婆さんと二人で始めたんじゃが、一人になったいまでもできるうちは続けようと思って細々とやってきたんじゃ。でも、そろそろ潮時かと思う」
「そんなことはないですよ。まだまだお元気じゃないですか」
「いやぁ、すぐ隣にたばこも売っている、雑貨もお菓子も飲み物も手軽に買えるお店があるのに、ウチに来てくれる客なんかありっこない。そう思わないかい」
店主は力なくこちらを見ます。正直ハッとしました。少ないながらもご主人は私たちの商品を買ってくれて、それをお客さんに届けてくれていたのですが、結果的に私がすぐ隣に自販機を売り込んだために、それを閉ざしてしまったことになったのです。
営業職に携わる以上、お店と自分たちが一緒に伸びていくためにはこういったことは日常的に起こります。私は細木商店がもっと良くなって欲しいと願っていたのですが、山本商店に迷惑を掛けようとは微塵も思っていませんでした。しかし、自分のやった行為は結局のところ一軒のお店を悲しませることになったのです。