職場には「いつまで経っても悩んでいる人」と「どんなことがあっても悩んでなさそうな人」がいる。一体、何が違うのだろう?
本連載では、ビジネスパーソンから経営者まで数多くの相談を受けている“悩み「解消」のスペシャリスト”、北の達人コーポレーション社長・木下勝寿氏が、悩まない人になるコツを紹介する。
いま「現実のビジネス現場において“根拠なきポジティブ”はただの現実逃避、“鋼のメンタル”とはただの鈍感人間。ビジネス現場での悩み解消法は『思考アルゴリズム』だ」と言い切る木下氏の最新刊『「悩まない人」の考え方 ── 1日1つインストールする一生悩まない最強スキル30』が話題となっている。本稿では、「出来事、仕事、他者の悩みの9割を消し去るスーパー思考フォーマット」という本書から一部を抜粋・編集してお届けする。
西山さんと佐藤くんの会話
私は学生時代に「リョーマ」という学生企業に所属していた。
関西圏の大学生らが1986年に設立したリョーマは、当時、「未来の起業家たちの梁山泊」ともいうべき場所で、創業2年目にはすでに年商5億円を超えていた。
当時のメンバーは、ほぼ全員がいまでもビジネスの第一線で活躍している。
大学2年生だった私は1988年に同社に参画した。
このときリョーマの社長だったのが、現・GMOインターネットグループ副社長COOの西山裕之さん(1964年生)だ。
西山さんは私が最も尊敬するビジネスパーソンの一人であり、西山さんからは多大なる影響を受けている。
西山さんは、悩んでいるメンバーがいると、決まっていつも声をかけていた。その日も、同僚の佐藤くんが落ち込んでいるのに気づいて、オフィスでこんな会話が始まった。
佐藤「あ、はい……ちょっと悩んでいるかもしれません」
西山「ほんで、何を悩んでんねん?」
佐藤「いや、じつは◯◯が××だという問題がありまして……」
西山「で、結局、何がどうなったらええねん?」
佐藤「えーっと……◯◯が☆☆になったらいいんですが……」
西山「そのためには何をせなあかん?」
佐藤「うーん……××を☆☆にしないといけませんね」
西山「ほな、やれや」
佐藤「はい! やります!!」
会話はわずか1分ほどだっただろうか。
たったこれだけのやり取りで、悩んでいた佐藤くんの表情はみるみる晴れ渡り、彼は猛烈な勢いで行動し始めたのだ。
そして、佐藤くんと同じくらい、西山さんの言葉に衝撃を受けていた人物がもう一人いる。
ほかでもない、その隣で話を聞いていた私である。
「(すごい!! そうか……こうやって考えれば、悩みって全部なくなるのか!)」
このときの情景は、いまでも鮮烈に記憶に残っている。
これこそは、私が「悩まない人」の思考アルゴリズムを身につけることになった原体験である。
私はもともと、とりわけ悩みがちな性格だったわけではない。
それでも、何か問題にぶつかったりすれば、そのたびに悶々と考え込んだりしていた。
「ああでもない、こうでもない」と堂々巡りにはまり込み、時間を浪費してしまうことがあった。
しかし、西山さんからの一連の問いかけで佐藤くんの表情が変わっていくのを目にした瞬間、私には「悩まない人」の秘密がわかってしまったのである。
それ以来、私はどんな大変な目に遭っても、悩みに取り込まれることがなくなった。
西山さんと佐藤くんとの対話には、「悩まない人の考え方」、とりわけ本書第2部の主題である「問題を『具体的な課題』に昇華させる思考アルゴリズム」のエッセンスが詰まっている。
ここでは、おもにこの対話を参考にしながら、実践に役立つ思考法を紹介していくことにしたい。
「悩んでいる自分に気づく」ステップ
まず注目したいのが、冒頭のやり取りである。
「佐藤、おまえ悩んでるんか?」
「あ、はい……ちょっと悩んでいるかもしれません」
ここで重要なのは、佐藤くんは西山さんに問いかけられるまで、「自分が悩んでいる」という事実に気づいていなかったことだ。
人は悩みの状態に陥るとき、「よーし、これから悩むぞ!」と思ったりはしない。
悩みはいつのまにかやってきて心のリソースを奪い、ぐるぐると同じことを考えさせるものだ。
そのため、悩んでいる人にはたいてい「自分は悩んでいる」という自覚がない。
主観的にはそれは「不快な感情」「落ち着きのなさ」「ザワザワ」「モヤモヤ」として知覚される程度だ。
本人は何か「考えごと」をしているつもりになっているが、実際には、ただ思考がぐるぐると同じところを回っているだけ。
だから、問題に決着をつける答えは決して出ない。
こうして人は悩みの沼にはまっていくわけだ。
それゆえ、悩みを脱するうえでなによりも必要なのは、「まず悩んでいる自分に気づく」というステップである。
悩みを自覚する力を高めるには、とにかく日頃から「自分の感情」を観察しておくことだ。
特にネガティブな感情には比較的気づきやすいので、心が不快を感じ取ったとき、そこに注意を向けてみよう。
「あ、いま私は怒っているな」とか「お~、いま、すごく嫌だと感じたな」という具合である。
「感情モード」が「思考モード」に切り替わる質問
不快な感情に気づけたら、次はその「原因」に目を向けてみよう。
「自分はなぜいまその気分を味わっているのか?」
を振り返ってみるわけだ。
先ほどの対話を思い返してほしい。
「ほんで、何を悩んでんねん?」
と西山さんから問われたことで、佐藤くんは「いや、じつは◯◯が××だという問題がありまして……」と、感情の原因を考察し始めている。
これにより、それまで「感情モード」に入っていた心のスイッチが、一気に「思考モード」へ切り替わったのだ。
結局、悩みは、ある種の「思考停止」の状態である。
悩もうとしている自分に気づき、その原因に目を向けてみると、「感情」優位になっていた心が「思考」の側に傾く。
本書第1部で紹介した思考アルゴリズムを身につけている人なら、実際のところ、このように心のモードを「思考側」にスイッチするだけで、たいていの悩みは即座に霧消する。
私がまったく悩むことがないのも、こうしたモードの切り替えにより、悩みの発生を未然に防いでいるからである。
悩みが生まれた後に、それを消しているわけではない。
「はじめに」で触れたとおり、上場企業の経営者をやっていると、日頃からさまざまな難問が降りかかってきて、「嫌だな……」「しんどいな……」と感じることは無数にある。
しかしこれは、心の「好み」に由来する感情的な反応なので、どうしようもない。
肝心なのは、問題に直面して不快な感情が生まれたときに、「悩もうとしている自分」に気づけるかどうかだ。
そこで
「(なんで、おれは嫌な気持ちになっているんだろう……?)」
と自分をしっかりモニタリングできる状態になれば、感情モードが暴れ出すのをわりと簡単に食い止められる。
ひどい経験をしたときに作動する「心のサーモスタット」
こんな話をすると、「ショックなことがあると、つい感情モードで突っ走ってしまうんです」と返答されることがある。
しかし、「大きな感情に流されてしまう」というのは、単なる思い込みである。
「悩まない人」の観点からすれば、不快な感情が大きければ大きいほど、「悩みかけている自分」に気づきやすいからである。
私自身を振り返ってみても、嫌でたまらない出来事やはらわたが煮えくり返る気持ちになったときほど、
「(あ、おれ、いま悩もうとしてるな……)」
というメタ認知が生まれやすい。
だからこそ「(いかんいかん、こっちの感情モードはやめておこう。思考モードで対処しよう)」とスイッチが入る。
このような心の機能は、「サーモスタット」のようなものだ。
電気ポットやアイロンなどには、一定以上の高温を検知すると、自動的にスイッチが切り替わって温度の上がりすぎを防ぐ制御装置「サーモスタット」が搭載されている。
お湯が沸くと自動的にポットのスイッチが切れるのは、この装置のおかげだ。
「悩まない人」の心は、これと同じように不快な感情が一定レベルを超えると、自動的に「思考モード」へ切り替わるようになっているのである。
創業2年目で詐欺に遭ったときに私が悩まずにすんだのも、「心のサーモスタット」のおかげだ。
詐欺師に騙されたときは、ものすごく腹が立ったし、全財産を奪われたことに落胆した。
だが、感情が激しく揺れ動いたからこそ、私の中に「(あ、おれはいまから悩もうとしてるな……)」という気づきが生まれ、すぐさま思考モードに立ち返ることができたのである。
また、10年くらい前に会社ですごいトラブルがあったとき、私は妻に「創業してからいままでで、今日がいちばん悔しい!」とこぼしていたらしい。
「らしい」というのは、翌日、妻にその話をされるまで、そんな発言をしたこと自体、すっかり忘れてしまっていたからだ。
私はそれほど怒り・悔しさ・悲しみなどの感情が長続きしない。感情が大きく動いたときのほうが、思考モードのスイッチがすぐ入るようになっているからだ。
どうでもいい悩みほど「中毒化」しやすい
むしろ難しいのは、自分でも気づかない些細な違和感や、ちょっとしたイラつきである。
感情が大きく動かないので、思考モードへのスイッチが入らず、気づくと長時間モヤモヤすることになる。
そう考えると、「まったく悩まない」と言っている私も、じつは日々のどうでもいいことに悩んだりしているのかもしれない。
大きな不快感であれば「(いかん、ギアチェンジしよう!)」と気づいてすぐに思考モードのスイッチが入るが、取るに足らないレベルの不快感では「心のサーモスタット」が作動せず、悩みが放置されている可能性があるからだ。
これは、ヘビースモーカーのほうがきっぱり禁煙できるのに似ている。
暇なときにちょっとたしなむ程度の喫煙者のほうが、なかなかタバコをやめられないという。
いずれにせよ、大切なのは「不快な感情」を敏感に察知できるようになることだ。
ぜひ、日頃から「自分の感情」をつぶさに観察するトレーニングを積んでほしい。
心の中をただぼんやり見つめるだけでなく、本書で紹介するように、「書く」という行為も有効だ。
文字にアウトプットすることで、心の動きに対する観察力を磨くことができる。
(本稿は『「悩まない人」の考え方──1日1つインストールする一生悩まない最強スキル30』の一部を抜粋・編集したものです)