「目黒課長、先ほどは通報ありがとうございました。おかげさまで未然に回避できました。すぐに相手銀行へ口座凍結の要請をいたしましたが、それまであった2億円近くの振り込みは全額ビットコイン業者に流れてしまいました。時すでに遅しとはこのことですかね、全く」

「私、その銀行に電話したんですよ」

「そうだったんですか。その時にすぐ口座を凍結してくれていたら、被害は減らせたでしょう」

オリンピックを題材にした
さまざまな詐欺被害

 電話ではあったが、刑事の言葉を聞きながら大きくうなずく。2回目の東京オリンピック。特に高齢者にとっては、若い頃にテレビで見ていたあの熱戦を、再び日本で見られるとは願ってもいなかったこと。観戦チケットが手に入るという口車に、こんなにも容易に引っかかってしまうことを思い知った。

書影『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)
目黒冬弥 著

 私が見たオリンピックを題材にした詐欺手口には、他にもこんなものがあった。どれも普通に聞けば、明らかにウソとわかる話だが、オリンピックというワードに日本人は盲目になってしまうのかも知れない。

「オリンピアンの陸上選手が、貴方が早く走れるように出張講師をします」

「金メダル選手を指導したカリスマコーチが講演します」

「あなたの土地が東京オリンピックのマラソンコースに採択された道路の周辺にあり、拡張が決まったので売却の手伝いをします」

 パリオリンピック、パラリンピックが開催中だ。これだけ情報社会が進んでも騙される人はいるし、こんな情報社会だからこそ騙す手段はなおさら多様化しているのかも知れない。

 この銀行に勤め、数十年という時が過ぎた。毎日、たくさんの来店客の悲喜交々が交差する。それでも今日も私はこの銀行に感謝し、懸命に業務を遂行している。

(現役行員 目黒冬弥)