「息子は仕事中だから出ないわよ。3時までに振り込まないとオリンピックがダメになっちゃうのよ!何とかしてちょうだい!」
「奥様?日本オリンピック協会からの購入であれば、個人名の口座に振り込みをさせることはあり得ないんですよ」
「何とかしてよ、もう!オリンピック見れなかったら、訴えるわよ!」
分かるように説明しているつもりでも、興奮している相手にはなかなか伝わらない。これこそが振り込め詐欺に引っかかってしまう被害者の心理なのだろう。心配して声を掛ける銀行員の言葉など、迷惑にしか思っていないのかも知れない。
「分からず屋なおばあさんなんか、相手にしなければいいじゃないか」と思われる方もいるだろうが、私は放っておけない。何よりも、詐欺師集団を許すことができないのだ。人様のなけなしのお金を搾取してのうのうと遊んでいるやからに鉄槌を下し、根絶させてやりたい。こんなことは、営業担当の頃の自分では考えもしなかったのだが、預金担当課として窓口で仕事をするようになってから、その思いが強くなった。
口座凍結依頼が届くまで
行動しない「銀行の保身」
すぐに、所轄の警察署の生活安全課に対応を依頼した。駅前交番の警察官が駆けつけ、彼女を説き伏せる。その間に、私が振り込み先の銀行店舗に電話をする。
もっとも相手銀行への電話は、行内の手続きで定められている訳ではない。相手銀行の口座保有者が詐欺グループかどうか分からない、シロかクロか判別できないグレーな段階では、とかく銀行員という人種は保身に走るものだ。
口座利用を一方的に止めても、シロであれば営業妨害となり、損害賠償を請求されかねない。だから、クロである確証がないまま動くことはあり得ない。会ったこともない、しかも他行の銀行員の情報など信用できないというのが本音だろう。口座名義人とトラブルになった時、責任を取ってくれるのか?何の保証もないのだ。