「CFO思考」は、個人と経済が成長する鍵

 この現状を覆すにはどうすればよいか?

 それが本書のテーマです。その答えは「CFO思考」にあると私は考えています。

「CFO(Chief Financial Officer、最高財務責任者)」と聞くと、数字のプロであり経理や資金調達に責任を負っている「経理・財務担当役員」が思い浮かぶ方も多いと思います。

 しかし、欧米で「CFO」といえば、CEO(最高経営責任者)、COO(最高執行責任者)とともに3名で経営の意思決定を行う「Cスイート」の一角を占める重要職です。その責任領域は、会社によって濃淡はあるものの、「経理」「予算」「財務」「税務」のほか、「経営戦略」「M&A等の戦略投資」「資本政策」「IR(投資家対応)・SR(株主対応)」「内部管理」「気候変動を含むサステナビリティ・ESG」「DXを含むIT・システム」など、非常に多岐に渡っています。

 欧米のCFOにはいくつかの側面がありますが、その本質のひとつは、「コミュニケーター兼インフルエンサー」、日本の昔の表現では「顔役」です。

 すなわち、CFOは、投資家をはじめとする社外の多くのステークホルダー(利害関係者)に対しては、会社を代表してエンゲージメント(深いつながりを持った対話)を行い、社内に対しては、ROE(自己資本利益率)に代表される投資家の期待・資本の論理や、ESG投資家や地域社会など、異なるステークホルダーの要望を社員にもわかるように翻訳して伝え、その期待を踏まえた経営戦略を立て、それを実践するよう組織に影響を与え行動を促す、という役割を担っています。

 そして、「アニマルスピリッツ」をCEOなどほかの経営陣と共有し、「数値をベースにした冷静な判断力」を持って考え、企業としての夢の実現に向け行動する、いわば企業成長のエンジンの役割を果たしています。

 欧米同様、日本においても、これからの時代のCFOには、経理・財務担当役員としての役割だけでなく、企業成長のエンジンも務めることが求められます。

 すなわち、数字のプロとしての「冷徹な計算」だけでなく、会社全体として実現したいこと(パーパス)に対する「非合理的なまでの期待と熱意(アニマルスピリッツ)」をCFOが持つことで、企業体として取れるリスクを見切ったうえで、M&Aなどの戦略投資や未来に向けた設備投資や研究開発が実行できるのです。

 本書では、従来の日本の経理・財務担当役員に多く見られる「CFOは企業価値保全を第一義にすべきだ」という考え方を「金庫番思考」、「CFOは冷徹な計算と非合理的なまでの熱意を併せ持ち、企業成長のエンジンとなるべき」という考え方を「CFO思考」と呼びます。「『CFO思考』こそが、企業のパーパス(存在意義・目的)を実現させる」。これが本書の結論です。

 この思考法は、個人一人ひとりの成長にもつながると私は考えています。「失われた30年」とも称される低成長の時代が長く続き、社会に閉塞感が生まれ、本来、夢を語りチャレンジできるはずの世代がリスク回避的な行動を取るようになっています。

 そうした社会にしてしまった一人として忸じく怩じ たる思いがありますが、未来を創るビジネスパーソンの皆さんには、「数値をベースにした冷静な判断力」と「アニマルスピリッツ(実現したいことに対する非合理的なまでの期待と熱意)」の両方を持ってほしい、つまり「CFO思考」を実践してほしいと考えています。

「失敗を誉める文化」の醸成や、個人が失敗をしても経済的に困窮しないセーフティーネットを社会に実装することと併せて、「CFO思考」を実践する個人が増え、「CFO思考」を持つ企業経営者が増えることで、日本経済は「血気と活力」を取り戻し、着実に成長への道に回帰できると私は考えています。

 本書では、CFOが日頃対話している「海外投資家」は何を考えているのか、CFOの業務とはどういうものか、「CFO思考」がなぜ企業や経済の成長につながるのかといったことを、具体的にお話ししていきます。

 本書でお話する内容には、コーポレートガバナンスのあり方やサステナビリティと成長戦略との関係など、企業経営に関するテーマが多く含まれています。

 同時に、現在、各企業において、経理、予算、財務、税務、IR、サステナビリティ・ESG、DX・ITといった分野で働くビジネスパーソン、もしくはそのような分野に興味がある方々も意識して書き下ろしました。皆さんが担当しておられるこれらの業務において、どのように「CFO思考」を発揮すればよいのかをご紹介しています。

 こうした実務に携わっておられる皆さんには、グローバルで活躍できる人材として、将来日本企業と日本経済の成長のエンジンになっていただきたいと考えています。本書を読んで「CFOを目指してみたい」と少しでも思っていただいた方のために、CFOに求められるスキルを「CFOチェックリスト」として巻末に掲載しています。