職場に行くだけで疲れ果て、週末は寝ているだけで終わってしまう。体力が回復する間もなくまた月曜日……。人生100年時代、こんなストレスフルな日々がずっと続くのかと、不安になっている人も多いのではないだろうか。
そんなときは、先人の知恵に力を借りてみよう。101歳、現役の化粧品販売員として活躍している堀野智子(トモコ)さんは、累計売上高は約1億3000万円で、「最高齢のビューティーアドバイザー」としてギネス世界記録に認定された。佐藤優氏(作家・元外務省主任分析官)が「堀野氏の技法は、ヒュミント(人間による情報収集活動)にも応用できる」と絶賛したことでも話題である(日刊ゲンダイ・週末オススメ本ミシュラン)。
本連載では、キャリア61年のトモコさんが、年をとるほど働くのが楽しくなる50の知恵を初公開した『101歳、現役の化粧品販売員 トモコさんの一生楽しく働く教え』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋し、日常生活に活かせるエッセンスを紹介する。第2回目のテーマは「『空気が悪い職場』のリーダーがしていること」だ。(文/川代紗生、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)
管理職がやってはいけない致命的なミス
あれって、逆効果だったのか!
自分がマネジメントをしていたとき必死でやっていた対策に、まるで効果がないどころか、むしろ「やらないほうがよかった」こともあったのだと、いまさらになって気がついた。
これまでで何度か、「リーダー」的ポジションを任されたことがある。
そのどれも、5名前後の小さなチームではあったが、それでも、マネジメント経験のない私にとっては全体をまとめるのはとても難しく感じられた。
チームを率いる中でもっとも苦戦したのは、メンバーそれぞれの「やる気にばらつきがあること」だった。
何を言わなくても率先して仕事をもらいにきてくれる人、与えられた仕事に毎回全力で取り組み、120点の成果を出そうと努力する人もいれば、こちらから何も働きかけないかぎりルーティン仕事しかせず、80点で適当にやり過ごそうとする人もいた。
80点の人に100点の仕事をしてもらうにはどうすれば? 報われないリーダーシップの末路
もちろん、人それぞれに事情はあるのだから、仕事で大きな成果を出してどんどんスキルアップしたいというのも、そこそこで働いて定時で帰り、余暇の時間を大事にしたいというのもわかる。
どちらの働き方をも受け入れ、チームとして成立させるのがリーダーの仕事だというのも、重々承知していたはずだった。
しかし、いざ自分がリーダーとして全体を束ねる役割を担ったときには、「80点の人に100点の仕事をしてもらうにはどうすればいいか」という焦りが、抑えきれなかった。
あなたならこういうとき、どんなふうに対処するだろうか。
私はフリーランスになり、後輩や部下に指導することがなくなった今でも、当時を思い返してモヤモヤしてしまうことがある。
私はリーダーをうまくやりこなすことができなかったからだ。
80点の人に100点の仕事をやってもらわないと不公平じゃないか、120点やっている人がかわいそうじゃないか、という気持ちが消えず、80点の人と一対一でミーティングをしたり、120点の人が実践している仕事のやり方を共有してみたり、進捗確認を増やしてみたり、いろいろな策を講じた。
しかし、80点の人のやる気は変わらないどころか、こちらが熱くなればなるほど、70点、60点とパフォーマンスが落ちていく一方だった。
61年のキャリアで気づいた「リーダーがやるべき3つのこと」とは?
ポーラの化粧品販売員として、39歳のときから101歳の現在まで働き続けているという堀野智子さんは、累計売上高は約1億2670万円であり、2023年8月には「最高齢の女性ビューティーアドバイザー」として、ギネス世界記録にも認定された。優秀さを買われ、一時期、営業所の所長をやっていたこともあるそうだ。
堀野さんが販売員をスタートしたのは、1962年。デパートのコスメカウンターでお客様の訪問を待つのではなく、一軒一軒のお宅をまわり、「とても良い化粧品なので、どうですか」と売り込んでいく、訪問販売スタイルである。
彼女が統括する営業所には10名ほどのセールスレディが所属しており、堀野さんはそのチームのリーダーとしてマネジメントをしていたそうである。
本書には、彼女がチームリーダーとして意識していた仕事のコツが3つ書かれている。
1つ目は、リーダーが手本となる実績をつくること。
2つ目は、毎月の売上目標を共有すること。
3つ目は、えこひいきしないこと。
シンプルで当たり前のようでいて、自分はこれができていただろうかと振り返ると、「えこひいきしないこと」が、決定的にできていなかったように思われるのである。
「仕事ができる人」を褒めすぎると何がまずい?
堀野さんはこの中でもとくに、「えこひいきしないこと」「みんなに同じように接すること」を、マネジメントにおいて重視したモットーとして挙げている。
唯一、気をつけていたのが「えこひいきをしないこと」、これだけです。
大きな売り上げを上げる人に対しても、売り上げが少ない人に対しても、同じように接するようにしていました。(P.136)
ドキッとさせられたのは、「大きな売り上げを上げる人に対しても、売り上げが少ない人に対しても、同じように接する」という言葉だ。
私はこれができないどころか、売上が少ない人が肩身の狭い思いをする言動ばかりしてしまっていたように思うのだ。
「仕事ができない人」を量産してしまうNGフレーズ
今思うと、かつて私自身にも、思うように成果が出せず苦しかった時期があった。
そんなとき、当時の私の上司が言っていたことで、もっともプレッシャーになったのは、「〇〇さんを見習ってください」という言葉だった。
営業成績がいい人、仕事でより高い成果を上げた人を褒め称え、「みんな彼を見習うように」と、頻繁に声掛けをしていた。
働いていた当時は「いつか自分も、みんなの前で褒めてもらえるような成果を出したい」と憧れ、それを目指して働いていたが、いつしか、どれだけがんばっても追いつけない「圧倒的に優秀な人」がいるという環境に、苦しさを覚えるようになっていった。
堀野さんは、ポーラ化粧品の販売員になった1年後に、年間6000セット以上も化粧品を売ったことで、「最優秀新人賞」を獲得したこともあるそうだ。
営業成績がよかったため、彼女自身、上司から目をかけてもらったこと、別の言い方をすれば、「えこひいき」されることも多かったと語る。
それ自体はありがたいことではあったが、自分自身がリーダーになった際、「上に立つ人はみんなに平等に接したほうがいいのではないか」と考えるようになったそうだ。
だから、みんな一緒。
これはプライベートでのお付き合いでも同じです。しょっちゅう顔を合わせる人にも、たまにしか会わない人にも同じように接します。今もそれは変わりません。(P.136-137)
「みんなを一緒に扱う」というシンプルだけど難しいルール
社会心理学者のレオン・フェスティンガーが提唱した、「社会的比較理論」という考え方がある。人間は、自分の能力や成果を、他人と比較することによって評価するそうだ。
とくに職場のような、自分の業績がはっきりと可視化される環境では、他者との比較が避けられない。
職場での「MVP」や「優秀社員の表彰」といった制度は、一見すると個人の努力を認め、モチベーションを高めるもののように見えるが、実際には「社会的比較」の影響が大きく働くことで逆効果を生むこともある。
堀野さんの言葉を借りると、特定の誰かだけを優遇したり褒め称えることは、結果として、他のメンバーに疎外感や嫉妬を抱かせる原因になるのだ。
上司から「〇〇さんを見習って」と言われると、他のメンバーは自然と「自分は〇〇さんには敵わない」と感じ、劣等感を抱くようになる。
そして、その劣等感はやがてモチベーションの低下につながり、チーム全体の士気が下がるという悪循環に陥ることもある。
他者の成功を追いかけるという建設的な動機が生まれることもあるが、長期的には自分の限界を痛感し、「努力を続けても報われない」という無力感に打ちのめされることが多い。
堀野さんが実行していた「優れた成績を上げる人に対しても、そうでない人に対しても、同じように接する」というルールによって、誰もが「公平に扱われている」と感じる環境を作ることができる。
ちょっとしたことではあるが、堀野さんは、お菓子を人数分持っていって一人ひとりに配るなどの配慮を欠かさなかったという。
私がかつて行った「優秀な人を見習わせる」というやり方は、結果的にチームの一部のメンバーを孤立させ、彼らのやる気を削いでしまったのだ。
今振り返ると、堀野さんが強調している「一人ひとりを同じように扱う」というシンプルなアプローチこそが、チームの一体感を高め、全体の成果を上げるための鍵だったのかもしれない。
リーダーとしての自分の役割は、優れた人を称賛することだけではなく、全員が自分の役割を果たし、チーム全体が成長できる環境を整えることだったのだ。
あれこれ試してみても、チームがまとまらないというときは、堀野さんが実践していた「3つのこと」をできているかどうか、振り返ってみるといいかもしれない。
シンプルなルールを取り入れることで、がらりと解決する課題もあるはずだ。