第2の創業を
成し遂げる

 吉田氏に稀代の戦略家としての凄みを感じるのは、経営改革への取り組みである。経営のあり方そのものを変えて、再成長へ道筋をつけた。持ち株会社への移行と社名の変更はその象徴だ。

 創業者の1人の盛田昭夫氏は1958年に「東京通信工業」から「ソニー」へと社名を変更した。2021年、吉田氏は「ソニー」から「ソニーグループ」へと商号を変更し、グループ本社機能と事業運営を分離して持ち株会社に移行した。いわば“第2の創業”といっていい。

 持ち株会社化には、吉田氏の挫折経験が秘められている。彼は、子会社のソネット社長時代の2012年、ソネットの独立を目指した。

 大企業の傘下にいると、意思決定が遅れるなど、経営のスピードが上がらず、経営の自由度に欠ける。ところが、ソニー本体はソネットの完全子会社化に踏み切った。いってみれば持ち株会社化は、ソネットでの挫折のリベンジである。

 指摘するまでもなく、持ち株会社化は、経営の持続的成長に資する有力なマネジメント手法である。吉田氏は、念願のソニーを長期視点で成長させるため「第2の創業」に向けての英断を下したのである。長期的経営の追求である。

 事業の進化を促し、多様なポートフォリオの強みを活かして自立した各事業がフラットにつながる連携強化体制を確立したのもそのためだ。ソニーグループ本体は事業会社を「管理する」のではなく、「支援する」にとどめた。

 現代は、先行きが不透明で、予想外のことが次々と起こる。常識が大きく変化する。単一のものさしだけでは物事を測れなくなっている。

 吉田氏は、自身の信念にしたがって物事を判断できる稀代の戦略家であり、現代における思索する経営者の代表である。

書影『ソニー 最高の働き方』『ソニー 最高の働き方』(朝日新聞出版)