ソニーがGAFAMをライバルと意識するようになったのは、2010年代後半だ。2018年に社長兼CEOに就任した吉田憲一郎氏は、データ収集とそれを活用したサービスで、驚くべきスピードを持って成長を遂げるGAFAMの姿に危機感を持ち、正面切って勝負しても勝ち目はないと洞察する。

 吉田氏は、ソニーの持つエンタテインメント事業の強みに焦点を当て、独自路線を歩むことが賢明だと判断を下した。

 吉田氏は優れた戦略家である。ガンガン攻めるのが得意なタイプではない。どう攻めれば勝てるか。物事の本質をじっくり洞察する思索家だ。GAFAMと異なる道を選んだ背景といえる。

ファンコミュニティで
10億人とつながる

「ソニーは現在、世界で約1億6000万人とエンタテインメントの動機でつながっている。これを10億人に広げたい」

 吉田憲一郎氏が「10億人」という衝撃的な数字を公にしたのは、2021年5月26日、オンラインで開かれた経営方針説明会の席上である。

「10億人とつながる」――。壮大なビジョンの提示だ。いったいどういうことか。

 ソニーのゲーム機プレイステーション向けオンラインサービスPNS(プレイステーションネットワーク)の月間アクティブユーザー数は24年3月末時点で、1億1800万人に過ぎない。「10億人とつながる」という壮大なビジョンを掲げたとはいえ、じつはGAFAMのサービス利用者数はケタ違いに多いのだ。

 アルファベット(グーグル検索)は40億人、メタ(フェイスブック)は30億人強、テンセント(ウィーチャット)は10億人強である。

 ただし、ソニーはいまやGAFAMと違って世界有数のエンタテインメント企業であり、同時に、世界屈指のハードウェアすなわちテクノロジーを保有する。その強みを徹底的に活かすというのが、吉田氏の戦略だ。

 ソニーが目指すのは、コミュニティ・オブ・インタレストである。

 たとえば、アーティストの「YOASOBI」のファン、ゲーム「アンチャーテッド」のファン、ミラーレス一眼カメラ「α」のファンなど、共通のインタレストを持つ人々のファンコミュニティを形成し、深い感動体験を共有する。ファンの熱量ときたら、グーグルやアマゾンのユーザーのそれとは比較にならない。ファンエンゲージメントが抜群に高い。つまり、GAFAMには真似のできない側面である。

 ソニーは、得意の創作領域に専念し、配信や流通領域ではGAFAMに対抗しない。GAFAMは喧嘩相手ではなく、あくまでもパートナーとして位置付けるのだ。GAFAMの巨大なプラットフォームとは土俵をずらして闘うという構想だ。知恵者である。

 たとえば、米マイクロソフトとの提携である。ソニー・ホンダモビリティは、EV(電気自動車)「AFEELA」に生成AIによる対話型システムを搭載するにあたり、マイクロソフトと提携したのだ。GAFAMを敵にまわすのではなく、パートナーとして協働し、ともに成長ストーリーを描く。