成功すればするほど深刻化する「DXの罠」

「2025年度までに生産性6倍」の目標に対し、2024年10月末時点の進捗は44%。前述の通り、工数削減や業務効率化など成果は上がっているものの、当初目標の75%には届いていないという。

 遅れの原因は、「DXの罠」だという。瀬尾さんは、「『やるぞ!』というべきときに、ちょっと引いてしまう自分がいる」と打ち明ける。DXが進むにつれて、多くの部門から『うちもやりたい』『サポートしてほしい』と前向きな声が寄せられるようになった。DXoT推進部への期待は、加速度的に膨らんでいく。しかし、そのスピードにDXoT推進部のリソースが追いついていないという。

 皮肉なことに、良い取り組みが増えるほど、この問題は深刻化する。「本来は喜ばしいことであるはずなのに、DXoT推進部メンバーがどんどん忙しくなっている状況がとても気になっています。かといって、勢いを止めるわけにもいかない。それこそ、みんなの頑張りは何だったんだということになる」と瀬尾さん。

「人を育てよう、裾野を広げよう――といった正論を言うだけで終わらせず、世の中の現状を知り、自社の状況を正しく分析し、具体的にアクションしていく。そこまで踏み込まないと意味がない」。瀬尾さんは、現実的なアプローチを模索し続けている。

原点回帰へ~デジタル化の先にある真の変革

 悩みながらも、同社の変革は次のフェーズへと向かっている。従来の“人”レバレッジ型のビジネスモデルから、“人+デジタル”レバレッジ型の付加価値創出モデルへの変革だ。要は、コストを削減しながら、事業の核となる人的リソースを生み出し、それを新規事業開発に振り向けていく。同時に、デジタル投資のROIを最大化することで、持続可能な変革サイクルを確立したいという。

 一般に、「デジタルによって業務効率化が進めば、人はより本質的な仕事に専念できる」と言われている。しかし、人間には空いた時間を自然と埋めてしまう性質があるらしい。だから、会社の仕組みとして、空いた時間の使い方を変えていく必要があるという。

 そこで導入したのが、大きく2つの施策だ。1つはプロジェクトコスト構造の組み替えだ。効率化で削減された人件費を、DXのシステム費用に振り替える。これにより、担当者は削減された工数計画の中で業務を遂行する意識が働き、空いた時間が自然と埋まることを防ぐ。もう1つは仕事の進め方の見直しだ。プロジェクトごとに、必要な工数と一人当たりの収益性をマッピングし、少ない工数で高い収益を上げられる働き方にシフトしていくという。

 課題は、多様な変革をマネジメントできるリーダーの育成だ。従来型のプラント領域でのプロジェクトマネジメントに長けた人材は豊富な一方で、同時進行する多種多様な変革や新規事業の開拓をマネジメントできる人材、またはそういったスキルを養える環境は、まだ限られている。「バックキャスティングとフォーサイトのアプローチを組み合わせ、必要な人材像を明確にし、計画的に育成していこうと考えています」(瀬尾さん)

 その先にあるものとは何か。「端的にいうと、原点回帰」と瀬尾さんは言う。東洋エンジニアリングは元来、新しいことに挑戦するパイオニア精神を持っていた。不確実性の高い時代だからこそ、改めてDNAである開拓精神やハングリー精神が重要だと考えている。

「私たちのビジネスは、サービス業の性質も持ち合わせています。今、世の中は『モノからコトへ』と変化しています。まさにわれわれが昔からやってきたこと。原点回帰してやってきたことに誇りを持ち、そしてデジタルを掛け合わせれば、より社会に貢献できる企業になれるはずです」(瀬尾さん)

 成果は少しずつ現れ始めている。次回(後編)は、東洋エンジニアリング社内で草の根的にDXを進める、デジタルファーストチームの活動に焦点を当てる。