恵比寿駅のカップルに驚く
人に関して嫌な思いをしたのはこの2つだけ。後は思い出しても感謝しかない。俺は買い物が大好きで、近所のスーパーによく行く。そのスーパー(千葉県内のヤオコー)での出来事である。
ある日の夕方、カートを押して買い物をし、レジを済ませて後ろ向きにカートを引っ張った途端、案の定尻もちをついてしまった。「大丈夫ですか!?」と店員が駆け寄ってくる。驚いたことに、店員よりも素早く周辺にいた買い物客が私に近寄り、さっと手を差し伸べてくれるではないか。
すっ転んだのは、この1回だけではなかった。性懲りもなくその数日後にまた買い物に行き、同じヘマをやらかしたのだ。今度は若い女性が「どうぞ肩につかまってください」と、肩を差し出すではないか。俺は丁寧に礼を言いながら、肩は借りずに立ち上がることができた。
実は、パーキンソン病患者あるあるで、人から見られていると緊張して、できることもできなくなってしまう。だから、見て見ぬふりしてもらう方がありがたいのだが、他人はそんな複雑な事情を知るよしもない。俺のような初老の人間が転ぶと、皆が助けてくれるこの町に、住んで良かったと心から思った。この場を借りて皆さんにお礼を申し上げたい。
他方、都心でも若い人に親切にしてもらった。用があり夫婦で都心に向かい、恵比寿駅構内にあるカフェに入った。カウンターの背の高い椅子しか空いておらず、「えいや」と腰掛けコーヒーを飲んでいると、「こちらにどうぞ」と、テーブル席のカップルが、席を譲ろうとするではないか。「ここで大丈夫ですよ」と返すと、「気がつかなくて、すみません」と、男性。その言い方が丁寧で、驚くほど自然だった。結局、ありがたく席を譲ってもらった。
体の不自由な人に声をかけるとき、「断られたらどうしよう」などと思って躊躇(ちゅうちょ)する人が多いと見聞きしたことがある。しかし、このカップルのように、自然に声をかけられる若者もいると思うと、朝からとてもすがすがしい気分になった。
厚生労働省によると障害者の総数は約965万人で、人口の約7.6%に相当する。先進国では、障害者も健常者と共に街中で同じように生活した方が、彼らにとって幸せであるという考え方が主流になっている。
人口の約7.6%の障害者がいるなら、「街中でもっと見かけていいはずだ」。精神科医である俺の兄が、こう言っていた。障害のある人が幸せに暮らすためには、まず、人々の意識が変わることが必要だろう。
恵比寿駅のカップルのような人を増やすには、1学期に1回でいいから、障害がある人とどう付き合ったら良いかを学ぶ授業があったら良いと思う。人間は知らないことに対して、無用の恐怖を抱くからだ。