何事かと思い、隣家の門を警備しているガードマンに尋ねたところ、「内装工事です」という答え。どうやら、ビジネスが右肩上がりで実入りがよくなったお隣さんは、オフィスを今風に改装することを思いついたようなのだ。
それはよい。問題は、工事をするならするで、どうしてひとこと事前に知らせてくれなかったのかということだ。こんな大騒音の中では仕事もできないし、工事がいつ終わるのか見当もつかない。その日はたまたま、日本の月刊誌に連載していたインドの記事の締め切り日だったこともあり、私は次第にイライラを募らせていった。
「静かにしてほしい」が
まったく通じないインド人
この国に初めてやって来た日から気づいていたことだが、インド人は、とにかく騒音に強い人たちである。音楽でも、映画でも、テレビでも、ボリュームを最大にして聞くことがあたりまえだと思っているようだし、祭りの時に上げる花火も大きな音の出るものが多い。車の運転中は、必要がなくてもやたらにクラクションを鳴らしまくる。話し声も大きい。
もちろん、悪気は全くない。悪気がないだけに困るのは、「もう少し静かにしていただけませんか」という当方のお願いの趣旨が一向に伝わらないことだ。
例えば今回の内装工事にしても、日本人なら工事前に菓子折りを持って隣家へ行き、「ご迷惑をおかけします」と、ひとこと謝りを入れる。たとえ実際には騒音が出ないとしても、とにかく事前に謝ってしまう。そうやって相手の気持ちをおもんばかり、少し神経過剰なぐらい気を遣って物事を丸く収めてゆくのが、日本的な世間の渡り方ではなかろうか。
しかし、インドでそんな挨拶をされた経験は、今日まで一度もない。騒音をたてる側も、聞かされる側も、まるきり平気なのだと思う。
インドはそういう場所なのだ。いきなり始まった内装工事のことで怒ったところで、どうにもならないだろう。郷に入れば郷に従え。今日は近くのカフェで仕事をしよう。
そう思い直し、家を出ようとした、まさにその時だった。
それまで壁の向こうから響いていたガンガンという打撃音がひときわ大きくなり、あたりから茶色っぽい煙が立ち上り始めた。何が起こっているのか把握する暇もなく、メリメリという不気味な音を立てて、目の前の風景がゆらぎ始めた。
と、次の瞬間、大音響と共に壁は崩壊。赤い砂煙がもうもうと立ち昇る向こう側には、口をぽかんと開けて呆然と立ち尽くす職人の姿があった。