一連の動きに通底するのは、民主主義やそれを支える制度の背景にある思想や歴史を軽視し、形だけのものだと冷笑的に理解し、操作する対象としてとらえる傾向だ。これは、プーチン氏がKGBで工作員としてのキャリアを積んだことと無関係ではないだろう。
ロシアでは本来違法とされている民間軍事会社「ワグネル」を設立し、個人的な友人だったプリゴジン氏をトップに据え、軍が表立って行えないような工作や作戦に従事させたことも、民主主義の軽視と同根だ。
2020年にプーチン氏が進めた憲法改正は、こうした取り組みの集大成と言えるかもしれない。
これまでの大統領任期をいったんリセットすることで、プーチン氏がさらに2期12年、最長で2036年まで大統領を務めることを可能にしたほか、大統領経験者の生涯にわたる不逮捕特権が新設された。
「祖国防衛者の記憶の尊重」や「歴史的真実の保護」を国家の責務と位置づける条項も導入された。その背景には、ソ連をナチスドイツと並ぶ占領者としてとらえるバルト三国や旧東欧の国々の歴史観への反発がある。政権とは異なる歴史解釈を許さないという考えは、ウクライナ現政権への「ネオナチ」のレッテル貼りに通じる。
「在外同胞の権利を擁護し、ロシアに普遍的な文化的アイデンティティーを維持することを支援する」という新たに盛り込まれた条項も、ウクライナ全面侵攻への道を用意する役目を果たしたと言えるだろう。
改正憲法には、プーチン氏が近年重視している復古主義的な道徳観の数々も盛り込まれた。
すでに四半世紀に及んでいるプーチン氏による統治の深刻な帰結は、ロシアという国家の行為に対して、国民一人ひとりが責任を負っているという自覚の欠落だ。
ウクライナ戦争についての世論調査がそのことを浮き彫りにしている。
2022年12月にレバダセンターが「ウクライナで起きている一般住民の死や破壊について、あなたに道義的な責任があると思いますか」と尋ねた調査では、「完全にある」と答えたのはわずか10%。「ある程度ある」も24%にとどまった。一方で、59%もの人々が「まったくない」と答えたのだった。
もともとロシアの国民は、年金や物価の問題を巡って政権に反発することはあっても、外交や軍事といった分野は自分たちとは関係ないと考える傾向が強い。議会、報道機関、地方自治が骨抜きにされて、そうした問題が公然と批判される場がなくなってしまったことで、ますますその傾向は強まっている。