なぜ「全社員の物心両面の幸福」を
最優先としたか
ここでJALグループの企業理念を紹介しよう(右下図参照)。
JALグループ企業理念をつくり上げる過程では、政府の支援を受けて再建中の会社が、真っ先に社員の幸福を掲げることについて、侃々諤々の議論があったという。
企業理念やフィロソフィを議論していたのは、経営破綻してから半年ほどしか経っていない時期。株券の価値をゼロにし、借金も棒引きにしてもらった会社が、企業理念の冒頭に社員の幸福を追求すると掲げてよいのか、という点だった。
会長の大西賢(当時、社長)が、社内報の「ROUTE」で、次のように振り返っている。
「そのときに背中を押していただいたのが、稲盛名誉会長にご相談申し上げた際の一言でした。稲盛名誉会長は具体的に『それ(社員の幸福を追求すること)を一番にしなさい』ということはおっしゃっていませんでした。ただ『この企業理念は永久不滅のものであるべきであると思う』という一言をいただきました。そこで心は決まりました」。
再生直後であっても、再生後であっても、普遍的なもの。それが企業理念である。この企業理念を支持した稲盛自身の考えとは、どのようなものだったのだろうか。
稲盛 現場の社員まで、こういう考え方を持つべきだ、こういうフィロソフィを持つべきだと思ってくれる前提として、「この会社は社員のために存在する会社ですよ」と、宣言したわけです。
今の経営常識からいうと、株主価値を高めるのが経営の目的だと言われていますが、そうではありません、社員が本当に幸せになってくれること以外には目的はありません。みんなが本当にがんばって幸せになってくれれば、当然業績も上がるし、その結果は株主価値にも反映していくわけですから。
会社の経営の目的を明確に定めたわけですから、経営者または経営の一端を担う者としは、次はどういう考え方をすべきなのかということになります。
つまり何に則って経営をやっていくべきかという考え方、心構えがフィロソフィになるわけです。
しかも、そのフィロソフィは、外からの押しつけではなくて、自分たちが再生していくためにはこれが必要だと、みんなが考えてつくり上げたものです。ですから、非常に浸透が早かった。もちろん初めのうちは、反発する人もたくさんいたのですけれど、もし「こういう考え方をすべきです、こういう哲学を持つべきです」と、単に意識改革の押しつけであったのであれば、こうはならなかったと思います。