カースト制の起源は諸説あり
制度として成立したのは紀元前

 一方で、シェカールとワナジャの関係は、カーストが影響しています。同じ村でもカーストを超えた友情は成立しますが、結婚はカーストを超えることはできないのです。

 このように、カースト制が、村での人間関係を限定しているのですが、この映画では、カースト制に縛られない友情が成立する場合もあるという希望が描かれています。

 カースト制の起源に関して、ヒンドゥー教の聖典の1つである『リグ=ヴェーダ』によると、プルシャ(原人)から発生したとしています。プルシャ(原人)とは、世界の最初の存在で、千の頭、千の目、千の足をもち、その身体から月や太陽だけではなく神々や人間など世界のすべてが生まれた巨人です。

 そして、プルシャ(原人)の頭は人間のバラモン、両腕はクシャトリヤ、両ももはヴァイシャ、両足はシュードラとなった、というのが神話的なカースト制の起源です。

 しかし、実際のカースト制が制度として成立するのは、紀元前1000~600年あたりです。この時代は、ヨーロッパから移動してきたアーリア人が、農耕社会を完成させた時代です。

 鉄器を使用することで農業の生産性は高まり、農耕従事者以外の人々の活動を可能にする経済的基盤が確立しました。政治的には、部族制度が崩れて王権が拡大し、行政制度や徴税制度が整えられつつあった時代でした。

 では、カースト制の起源についてですが、諸説あります。まず、血縁集団、職能集団、民族集団などの多様な集団間での雑婚によるという説です。

 本来は同じヴァルナに属する者同士で結婚しなければならないのですが、混血によって様々なジャーティが生まれ、上下のランクが決まったというものです。

書影『インド沼 映画でわかる超大国のリアル』『インド沼 映画でわかる超大国のリアル』(インターナショナル新書、集英社インターナショナル)
宮崎智絵 著

 あるいは職業重視説というのもあります。文明社会では職業が分化し、同じ職業を世襲する者たちの集合体が成立しますが、このような職者集団にカーストの起源を求める説もあります。

 また、人種重視説では、黒色の先住民を征服した白色のアーリア人が、自己の血の純粋性を守ろうとして決めた内婚というルールにカーストの起源を求めています。

 さらに、カースト制の起源はインド=ヨーロッパ社会にまでさかのぼるという説や、アーリア人がインドに来る前にすでにドラヴィダ人社会にあったという説もあります。

 いったい、どれが本当の起源なのでしょうか?いまだに決定的なものはなく、まだしばらく論争は続きそうです。