「おひとり様」の悲しい末路

 このケースは様々な問題を示唆している。

 高齢者が老人ホームなどの施設に入った後で認知症を発症すると、自宅が空き家になる例は多い。

「施設に入る際に自宅を売る踏ん切りがつかず、そのままにする高齢者は多いのです。認知症になれば自宅の処分ができなくなり、売却することも賃貸に出すこともできません。全国で空き家が増える原因の1つになっており、大きな経済的損失です」(都内の不動産業者)

 幸子さんのケースでは、認知症になる前に遺言書を遺して遺産の行き先を決めておけば、分配を巡って揉めることはなかった。

 亡くなった被相続人の配偶者と子供は、遺言書で遺産の分配対象から外されても一定分を請求できる権利(遺留分)を持つが、兄弟姉妹には権利がない。夫に先立たれ、子供もいなかった幸子さんの相続人は兄弟姉妹であり、特定の親族を受取人に指定するなど、遺産の分配対象は自由に決めることができた。

「遺言書」を巡った争いも……

 だが、認知症が絡むことで、逆に遺言書を巡って揉めることもある。

「遺言書で不利な内容を書かれた相続人が、『被相続人(故人)は遺言書を書いた時に認知能力が低下していた』として、遺言書の効力無効を主張することは少なくありません。逆に相続人の1人が、認知能力の低下した親に、自分に有利な遺言書を書かせて揉めることもあります」(前述のベテラン税理士)

 裁判所に申し立てて、財産の管理を任せる「成年後見人」を就けることはできるが、相続対策の意味ではほとんど役に立たない。

「成年後見人の制度は本人の財産を守るためのもので、配偶者や子供のために本人の財産を処分することは原則としてできません。もちろん子供のために生前贈与を行うこともできず、きわめて硬直的なのです」(民事信託コンサルタント)

 そもそも、成年後見人の選任を裁判所に申し立てても、財産を勝手に処分するなどの不正防止の観点で、子供や親族が成年後見人に就ける可能性は低い。

 2023年に裁判所が選任した成年後見人は、約82%が親族以外の弁護士や司法書士だった。しかも成年後見人を就ければ、財産の額に応じて毎月手数料がかかる。