気鋭のノンフィクションライター・甚野博則氏の新刊『ルポ 超高級老人ホーム』が話題だ。本書では、認知症や要介護状態になった際、子供たちに迷惑をかけたくないという思いでみずから進んで老人ホームに入居する高齢者たちの姿が描かれていた。本稿では、元「週刊文春」記者でライターの坂田拓也氏に、認知症になった富裕層が直面しがちな相続問題についてご寄稿いただいた。(取材・文:坂田拓也、構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

「こんなはずじゃなかった…」資産3億円、高級老人ホームに入居したセレブ妻。相続の話を避け続けた人の末路とは?元気なうちに「準備」が必要だ(Photo: Adobe Stock)

「高級老人ホーム」に入ったセレブ妻

「叔母が亡くなって2年過ぎましたが、相続の手続きが終わりそうにありません」

 こう嘆くのは、千葉県に住む会社員の北山雄一さん(61歳・仮名)だ。

 6年前、父親の姉である静岡県在住の叔母の幸子さん(当時86歳・仮名)が認知症を発症して施設に入り、4年後に亡くなった。

 幸子さんの夫は県内大手企業の役員まで務めて亡くなり、広い自宅と金融資産を合わせて3億円近くの財産を遺した。夫妻に子供はなく、生前の幸子さんがすべて相続していた。

 認知症になれば契約など法律行為ができなくなる。そのため幸子さんが高級老人ホームに入った後、自宅は空き家となり、財産を処分することもできなかった。

 相続専門のベテラン税理士はこう強調する。

「相続対策を考えた時、認知症は大変重要な問題です。高齢者本人が認知症になれば家は売れず、財産も処分できず、生前贈与など相続に関することは何もできなくなります。

 認知症になる前にやっておけばよかった、という家族を多く見てきました。高齢者本人も家族も、多くの人は危機意識が希薄です」

3億円と16人の相続人

 そして、幸子さんが亡くなった時、相続人は16人まで増えていた。

 民法が定める相続順位は、常に法定相続人となる配偶者の次に、第1順位が子供。子供がいなければ第2順位の両親、両親がいなければ第3順位の兄弟姉妹が相続人となる。

 子供が亡くなっていた場合は孫、玄孫……と代々が代襲相続人となるが、被相続人の兄弟姉妹が亡くなっていた場合は、一代に限りその子供である甥、姪が代襲相続人となる。

 幸子さんには8人の兄弟姉妹がいた。うち5人がすでに亡くなっていたため、相続人は存命の2人と、亡くなった兄弟姉妹の子供たち14人を合わせて16人まで膨れ上がったのだ。

「90歳の父親に代わって私が手続きを進めていて、相続税は父親が立て替えて納税しました。ですが、遺産の分配に合意できないのです。

 叔母の面倒を見て空き家を管理していた叔父、また亡くなった叔母は郷里の墓に入ることを希望していたので、その墓の世話を頼む別の叔父の息子には遺産を多く分配することになりました。しかし、叔母に一度か二度しか会ったことのない甥、姪まで口を出してきて遺産の分割が終わりません」(前出の北山さん)