就活を放り出してトラの撮影にインドへ、若き岩合光昭さんが選んだ「自分らしい生き方」自宅兼事務所でのインタビュー。岩合家ではた玉三郎(タマ)と智太郎(トモ)という2匹のネコが暮らしている Photo by  Yukako Hiramatsu

――写真家としてのキャリアは、半世紀を越えます。この間、転機になった仕事を挙げていただくとすると?

 転機とまで言えるかはわかりませんが、たとえば30代の頃に2年間、ヌーを撮るためにアフリカで暮らしました。

  ヌーは季節移動をする動物なので、その移ろいをテーマに撮ろうと思えば、どうしても1年がかりになります。しかし、1年間では必ず撮り逃しがあるでしょうから、娘が小学校に入学するまでの2年間に狙いを定めて、アフリカ行きを決断したんです。

 この時の写真が、すごく売れました。『ナショナル・ジオグラフィック』で取り上げてもらってから、世界中からオーダーが来るようになって。これは写真家のキャリアとして見れば、やはり大きかったと思いますね。

五感に従って仕事を選んだ

――2019年には映画『ねことじいちゃん』で、映画監督にも初挑戦されました。

 映画は総合芸術と言われる世界ですから、以前から興味を持っていましたが、自分にはとても撮れないだろうと思っていたんです。ところが、「題材はネコで」とオファーされたものですから、だったらできるかもしれないとあっさり翻意しました(笑)。

 こうして映画をひとつ完成させるのは悲願でしたが、撮影中はもう、すべて放り出して帰りたいと、ずっと駄々をこねていました。自然番組のようにその時、その瞬間にある風景を撮るのと違い、撮りたい風景に合わせて照明を当てたりする世界ですから、とにかくすべてのカットにおいて準備もマネジメントも大変で。そんな僕を懸命になだめて付き添ってくれた妻には感謝しかないですよ。

――こうしてお聞きしていると、やはり「好き」を仕事にするのは素晴らしいことなのだと痛感させられます。岩合さんご自身は、どうお考えでしょうか。

 難しいテーマですけど、僕はそうあっていいのだと思っています。逆に、言われるままに受験勉強をしていい大学からいい会社を目指すような、示されたコースに乗ろうとすると、挫折する人が多いのはやむを得ない気がします。

 僕の場合は動物としての五感に従ったというか、なんなら第六感まで含めて自分の感覚で判断してきたので、すごく自然にこの仕事に就きました。

 これは本来、何も難しいことではなくて、小さな子どもにでもできるはずなんです。問題はそれを傍らの親がどうサポートするかで、子どもが公園で遊んでいる時に虫がいたら「触っちゃ駄目よ」と言うのではなく、それをどうするかはなるべく本人に委ねてあげるのがいいと思います。そうすれば自ずと、相手(自然)の反応から五感が育まれますし、相手のことをちゃんと考えながら自分で判断できる人間になるのではないかと。

――自分にとって何をしている時が一番楽しく、心地いいのか、もっと素直に受け止める感性を持つべきである、と。

 そうですね。何かを食べておいしいと感じた時には、周囲がどう思っていようとも「おいしい」と口にする自分でありたい。日本では、創られた枠からはみ出すことを良しとしない風潮がありますが、一人一人、もっと自分個人の考え方や感じ方を大切に、そして育てていく。そのうえで、せっかく好きだと思うことがあるなら、少しでもやってみればいい。わざわざ1番好きなことを脇において、2番目以降のものを仕事にする意味はないというのが僕の考えです。

――その言葉に背中を押される人も多いのではないかと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

就活を放り出してトラの撮影にインドへ、若き岩合光昭さんが選んだ「自分らしい生き方」2024年、西オーストラリア州のロットネス島で撮影したクオッカ。「口角が上がっている顔が微笑んでいるようで、レンズ越しに覗きながら頬が緩んだ」(岩合さん) (c)Mitsuaki Iwago