なぜ家のネコを可愛く撮るのは難しいのか

――数ある動物の中で、ネコにモチーフを求めたのはなぜでしょうか。

 当時の妻が実家で28匹のネコと一緒に暮らしていたことが大きいですね。生態が理解できるし、とりあえずカメラを持って行けば、何かが撮れるのもよかったです。

――ネコを撮るのもまた、高い技術が必要なのではないかと思います。岩合さんの場合、どのように学習されましたか。

 この時期はとにかくたくさん写真集を買いあさって、写真を一つ一つ見比べては「この人はうまいな」などと自分なりに分析していました。とりわけ影響を受けたのが、オーストリア生まれのエルンスト・ハースという写真家で、彼の『ザ・クリエイション 天地創造』という写真集は2冊買って、1冊は全ページを裁断して壁に貼り、毎日お手本として目に焼き付けていたほどです。どうにかハースを乗り越えようとしていたのでしょうね。

 ネコについても同様に、関連する本をたくさん買ってきてインプットすることを繰り返しました。そのうち自然の動物を撮るよりも、身近なネコの写真のほうが、より高度なテクニックを用いていることがわかり、いっそうこの世界の奥深さを知りました。

――奥深さという意味では、ネコを可愛く撮るのがいかに難しいことか、すべての愛猫家が実感していると思います。

 なぜ家のネコを撮るのが難しいのかというと、自分が最もよく知っている存在だからですよ。一番可愛いと思うイメージが頭の中にあっても、ネコは絶対にその通りには動いてくれません。

 頭の中のイメージを見るのと、実際のその瞬間のネコを見ることは違います。ところが多くの人は、カメラを構えて目の前のネコを見ているようでいて、知らず知らずのうちにイメージを求めてしまう。

――テレビ番組『岩合光昭の世界ネコ歩き』(NHK)の映像を見ていると、撮影中の岩合さんにネコたちがすり寄ってくるシーンが多々あります。警戒心の強い外で暮らすネコを相手に、なぜこういうことが起こり得るのでしょう?

 僕のことを避けて遠くへ逃げていくネコだってたくさんいますよ。でも、それだと画面には入らないですから(笑)。基本的に僕も皆さんも、ネコから見れば変わらないはずです。

 ただ、一つだけ言えるのは、既成概念を捨てること。僕は今でも、何を撮るにせよ必ず初心、まっさらな気持ちでスタートする。自分の中に何らかの思い込みがあっても、絶対にその通りには撮れないんですよ。被写体が自然や動物であるなら、なおさらです。

就活を放り出してトラの撮影にインドへ、若き岩合光昭さんが選んだ「自分らしい生き方」宮崎で出会ったネコ (c)Mitsuaki Iwago