鉄道博物館にある日本の電車の祖「デ963形」鉄道博物館にある日本の電車の祖「デ963形」(筆者撮影)

120年前の1904年12月31日、現在のJR中央線、当時はまだ私鉄だった甲武鉄道御茶ノ水~中野間で電車の運行が始まった。日本初の路面電車は1895年に京都で誕生し、東京にも1903年に登場していたが、専用の線路を走る「鉄道」の電車運転は甲武鉄道が日本初であった。日本の電車ネットワークの120年の歴史とは。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也)

「大還暦」を迎えた
日本の電車ネットワーク

 1904年12月31日は日露戦争の真っただ中、旅順要塞攻略戦が終結するのは翌日のことである。日本の商工業は近代化の過程にあり、まだ東京都市圏も小さかったが、日露戦争を経て飛躍的な発展を遂げていく。電車はその原動力のひとつだった。

 当時の鉄道は長距離列車も短距離列車も蒸気機関車が客車をけん引しており、運転本数も少なかった。電車と言えば路面電車のことで、市内の移動には広く使われていたが、郊外電車の登場で通勤・通学や買い物の行動範囲は大きく広がった。

 私たちがあたりまえのように鉄道のことを「電車」と呼ぶのは、都市部の電車にこそ鉄道の意義を感じているからだろう。つまり今回は、中央線のみならず日本の誇る電車ネットワークの「大還暦」なのである。

 甲武鉄道で使われていた電車は1両だけが保存されている。さいたま市の鉄道博物館「車両ステーション」入り口に鎮座する、小ぶりな「茶色い箱」。蒸気機関車や特急車両に駆け寄る子どもの目には入っていないようだが、この車両こそが日本の電車の祖「デ963形」である(冒頭写真)。

 この車両は1904年に甲武鉄道が自社工場で製造したもので、1906年の鉄道国有化で国有鉄道に引き継がれると、国鉄初の電車となった。1915年に私鉄に払い下げられ、1948年に松本電気鉄道(現・アルピコ交通)で引退。同社の車庫に保存されていた車両を、鉄道博物館の開館にあわせて移設したものだ。