経営学は流行に左右されやすい。
「そもそも論」の意義

――本書を含めて舟津先生の著作は、「そもそも**とは何か、必要か」という「そもそも論」を問うことが多いですね。

 そうですね。経営という分野は「マネジメント・ファッション」という言葉もあるぐらいで、流行に左右されやすい。それは学者としては警戒すべきことです。

 はやりの経営、はやりの概念、はやりの手法、そういうものに乗っかって、研究者が「これは素晴らしいですよ」と言い放つことが果たして良いことか。

 経営の現場にいる方は四の五の言っていられないというのはあるでしょうけども、大学の中で講義するなら、「本当にそうなのかな」とちょっと立ち止まって、自分の頭で考えて見えてくるものを議論することに意義があると思います。そういう意味で、「そもそも論」を大切にしています。

――組織が生き残っていくためには、環境が変わるのだから、それに応じて変わる必要があるということも書かれていますよね?

 組織は環境に適応することで生き残るという考えは、組織論において自明とされる定理です。この前提を疑っている人は少ないと思います。

 ところが、これはある意味で間違いというか、環境に適応するということの意味を多くの人が取り違えているという学説があって、本書でも詳述しています。

――第4章の「変革と組織生態学」ですね。冒頭の要約部分にはこう書かれています。「組織生態学がなぜ組織変革にとって重要かというと、組織生態学は『組織は変革できない』あるいは『組織の生存にとって変革は必要ない』と論じる学派だからです。もし本当に組織の生存にとって変革が必要ないのであれば、本書の存在価値がなくなってしまうかもしれません。」

 例えば、進化という言葉を大概の人は誤解しています。生物の種の中で、ある特性が生存に適していると自覚して進化した、ということはありません。

 キリンは高い木の葉や実が食べられるように長い首になって今日まで生き残れたなどと言われますけれども、実際はたまたま高い木が多い地域に住んでいたキリンの中で、首の長い個体がたまたま生き残った。結果的にその地域に合った特性をもつ種が残ったのであって、いい特性だけ選択的に残して進化する、ということは起きないはずなんです。

 企業などの組織も同様だとしたら、組織はそもそも自ら環境に適応することはできないというのが組織生態学の考え方です。

 環境が変わり、それに合った組織が生き残った結果を、それらの変化が終わってから解釈はできますが、「環境変化に適応して能動的に組織変革ができる」と言えるのか。そもそも環境に適応するというが、環境を正確に認知し、把握するということは可能なのか。そういうところのそもそも論を丁寧に考えたいというのが、この本のコンセプトでもあります。

――日本の小売市場でコンビニエンスストアという新しい業態で急成長を果たしたセブン&アイの元会長の鈴木敏文氏は「変化適応」と言っていて、一種の箴言のようになっています。

 企業経営を考える上でその点を慎重に考えないといけないのは、「変化適応」を極端に突き詰めると、環境がすべてを決める環境決定論になってしまうことです。環境にただ追従するだけであると。

 しかし実際は、環境に適応すると言いながらも、セブン&アイが働きかけることで、環境を操作している側面もありますよね。

 この操作は、もちろん悪い意味ではありません。マーケティングにしてもお客の好みに合わせるだけではなく、お客の想像を超える新商品を開発して市場を獲得することは常々行われています。この場合は環境適応ではなく、操作ですね。

 自分たちから働きかけて、環境を作る。これを生態学では、「生態系エンジニアリング」というらしく、本書の発行後、生態学者の方に、植物は結構そういうことをするのに対して動物はビーバーぐらいであまりないと聞いたりしました。

 組織は自ら生きやすい環境を作ることもできるわけで、ただ環境に適応しているわけでもないはずなんです。

――『組織変革論』ではいろいろな考え方を提示されていますが、結論はどう考えたらいいのでしょうか。

 変革は本当に難しく、考えれば考えるほどわからなくなる事象です。公式も必勝法もなく、ケースバイケースで対処するしかないのかもしれません。そういう意味では、答えは自ら見つけるしかない。

 組織変革論、さらに言えば経営学は、答えを与えられません。ただし、現実の複雑さでごちゃついた頭に、補助線を引くことはできます。経営学の知見が少なくとも与え得るものは、思考の整理、そのための技法なのです。

――先人たちが成功や失敗を繰り返してきて、そこで得た知見はいくつもあり、「ここまでは言える」ということを提示したのが、本書ですね。そして、同じ試行錯誤をしなくてもいいように経営学の本を読む意味がある。本書の後に著されたのが、前半(昨日の記事)で伺った『経営学の技法』です。そして本書の前に書かれたのが、『制度複雑性のマネジメント』です。

*明日公開の連載3回目(最終回)は、『制度複雑性のマネジメント』、『Z世代化する社会』についてのインタビュー記事になります。