エリザベス女王の戴冠式は6月2日にウェストミンスター寺院で行われた。
「戴冠式には、いろいろな国の若い皇太子が来ていて、彼らと話ができたのが楽しかった。特にエチオピアの皇太子とは親しく懇談しました」
「エチオピアの皇帝と言えば、ハイレ・セラシエですね。その皇太子でしょうか」。私がたまたま覚えていた名前を出すと陛下は「よくご存じですね」と言われた。
ハイレ・セラシエ1世は英女王戴冠式の3年後、日本が国家元首として戦後初めて迎えた国賓で、当時大きな話題になった。『昭和天皇実録』にも詳しく書かれているほどで、私や半藤さん(編集部注/故・半藤一利。昭和史研究の第一人者であるジャーナリスト)の世代は親しみをもって記憶している。
ウェストミンスター寺院での戴冠式
陛下に用意された席は最前列だった
美智子さまはこうした話題の時はじっと黙って聞いていて、知っている人の名前が出ると短く質問される。エチオピア皇帝の訪日の話が出た際には、
「それは私がこちらに上がった後だったでしょうか」
とお聞きになった。皇室に入ることを「上がる」とおっしゃる。エチオピア皇帝の訪日は「上がる前」ということになる。「上がる前」「上がった後」という表現をしばしば使われた。
戴冠式の朝、ウェストミンスター寺院に到着してみると陛下に用意された席は最前列だった。祭壇に向かって右側にソ連駐英大使、ネパール王族夫妻、陛下、サウジアラビア王子、イラク皇太子が並び、左側に米国、ラオス、ベトナム、エチオピア、アフガニスタン、カンボジアの各国代表が並んだ。
戴冠式の翌々日には、エチオピアの皇太子から午餐に招かれた。このとき親しくなられたのだろう。エチオピア皇帝が最初の国賓になった背景には、皇太子同士の関係もあったのかもしれないと思った。
2022年9月にエリザベス女王の訃報があった時、宮内庁は、英女王の戴冠式に出席した外国代表で、即位60周年祝賀行事にも出席したのは、陛下とベルギー国王アルベール2世陛下のお二方だけだったとわざわざ発表している。エチオピアでは1974年に軍事クーデタが起こり、ハイレ・セラシエ1世は廃位され、その皇太子は1997年に米国で亡くなっている。
夜、御所をお訪ねすると食事をご用意いただくこともあった。応接間の続きの間が食堂になっていて、少し高いテーブルで椅子にかけていただくのだ。