現在の国際情勢にかかわる話は
あえてしないよう心がけていた
半藤さんは、「ほうたしかに、それは巧みですね」と感心した。私も「なるほどそうだったのですか」とうなずいた。
陛下がどうしてこのような話を知ったのかはわからない。以前、現代ロシアの専門家袴田茂樹氏から、「陛下はロシアの歴史について詳しいですよ」と聞いたことがあったので、もしかすると袴田氏のご進講の席で知ったのかもしれない。もっとも皇太子同妃両殿下時代にアフガニスタンを訪れ、バーミアンの石窟寺院等もお訪ねになられているから、前々からあの国の歴史にご関心をお持ちだったのかもしれない。
美智子さまは、アフガニスタンを訪問された直後と、同時多発テロに先立ってタリバンがバーミアンの石仏を破壊した時に御歌を詠まれている。
バーミアンの月ほのあかく石仏は御貌削がれて立ち給ひけり(1971年)
知らずしてわれも撃ちしや春闌くるバーミアンの野にみ仏在さず(2001年)
保阪正康 著
こういう歌を残されているが、アフガニスタンの話題のとき美智子さまはじっと私たちの話を聞いていらした。私たちの話の中に「佐官クラス」という言葉が出た時には、「サカンとは何ですか」とお尋ねになった。これには陛下ご自身が「大佐、中佐、少佐のことを指すんだよ」と解説された。その対話の呼気と吸気が見事に合っていた。
歴史の話は、陛下のほうがご関心があり、美智子さまのほうは、思い出を話されるほうがお好きな方という印象が残った。話が現在のほうに進んでくると、陛下もいつしか何もおっしゃらずにお聞きになっている。私たちは現在の国際情勢にかかわるような話は、あえてしないように心がけていた。